六 …一

ここまでは、順調だ。

 練習の成果が十分に出ていると確信している。雅楽を演奏している学生の呼吸はそろっているし、そこに巫女舞を踊っている自分のリズムもうまく合わさっている、とみことは思った。心地の良い音色に身を委ね、舞い続ける。


(このまま順調に終わってくれれば……)


 そう心の中で思い、ふと、客席を見つめた。

 静かに巫女舞を鑑賞している人、動画を撮っている人、そして、通行途中で足を止めて、束の間眺めて去っていく人。

 しかし、みことはふと、客席を見て違和感を覚えた。

 最前列、みことから見て右端のパイプ椅子に浅く腰かけている、学生らしき男の子。しかし、最前列に座っているにも関わらず顔を上げることはなく、うつむきがちでこちらを睨みつけるように見ている。思わずゾクリとするその形相に足がすくみ、危うく舞いの途中で転びそうになった。


(なんで、こっちを睨んでるの……?)


 ざわざわとした胸騒ぎが、みことを支配してゆく。しかし、舞いの途中は心を凪がないと、緊張がそのまま踊りに乗ってしまいかねない。雑念を振り払い、再び凛とした表情を保ってひたすら踊りに集中する。

 そのまま巫女舞は終盤へ。客席へ背を向け、束の間制止する場面。静かに、神様に向かってお祈りを捧げる。誰もが思わず息を呑むほどに、シーンと静まり返るその時。


「きゃああああ‼」

 

 客席で、女性の悲鳴が聞こえた。

 何事かと思い振り返る。そこには、先程の青年が、ゆらりとこちらへ歩みを進めている最中だった。その瞳は生気を失い、手には刃渡り十五センチの包丁が握られている。雅楽を演奏していた子たちは恐怖のあまり絶句し、その場から動けずにいた。


(周りの子たちに危害が及ぶとまずい)


 みことは、混乱している頭で必死に状況を理解しようとした。

 幸い、彼の瞳に映っているのは私のみ。私さえここから動かなければ、彼女たちに危害が及ぶこともないだろう。

 逃げることもせずに、ただ青年を睨み、じりじりと後ろへにじり寄る。しかし、青年が一歩足を踏み込む度、みこととの距離はグンと近くなる。

 現場は騒然、誰かが警備の人を呼んでくれることを願って、ただ、逃げ出したい気持ちと葛藤する。


「お前も……道連れだ……」

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