四 …三


「きゃああああ⁉ す、すみません‼」」


 春香は弾かれたように後ろに仰け反り、勢いが良すぎたのか、身を引いた瞬間に足が絡まってしりもちをついた。「いたっ」という悲鳴の後、床にドスンとついた尻に手をあてさすっている。

 その様子を見ると、怒るというより自然と笑みが零れてきた。というよりも、柄にもなく気を張りすぎていたのかもしれない。春香のおかげで、程よく気を緩ませることが出来た。


「ふふっ、ありがとう春香」


 突然送られてきたみことからの感謝の言葉に、素っ頓狂な表情を浮かべる春香。そんな二人を呼ぶ声が、神楽殿の方から聞こえてくる。

 もうすぐそこに、本番がやって来ていた。


 春香に付き添われて神楽殿へと移動する。巫女舞を披露することになるステージを少し覗き見見ると、想定以上の人の多さに驚かされた。あらかじめ用意していた来賓用のパイプ椅子はすでに客で埋まっており、その隙間を埋めるように立ち見の客が立ち寄っている。

先程まで緩まっていた緊張の糸が、再びピンと張りつめてゆく。


「すご……満員じゃないの」


 さっきまで会場整備を行っていた部員にこの人の多さの理由を問うも、「さぁ…」という曖昧な返事しか帰ってこなかった。本番まではあと十五分を切っている。今更泣こうが喚こうが、時間になれば幕は上がり、巫女舞を披露しなければならない。


 みことは踵を返し、ふぅ、と深く深呼吸をして、自分の周りに集まっていた、雅楽を演奏する学生たち、そして今日までサポートしてくれていた春香のような後輩たちに向かって、凛とした声を挙げた。


「あと十分、それで幕が上がるわ。 皆で楽しみましょう‼」


 その言葉に奮い立たされるように、全員の「はい‼」という威勢の良い声が神殿に響く。

 声を合図に、全員が所定の位置に就く。刻一刻と刻まれる時計の音を聞くたびに、心臓が同じようにドクッドクッと脈を打つ。


 大丈夫、今日までみんなで頑張ってきた。


 午後三時を知らせる鐘が鳴ったその瞬間。太古の音が、高らかに会場を包み込んだ———。

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