三 …四

 悪戯っぽく笑う先生に、また苛立ちが募る。彼の見た目がいいのは認めるが、それ以前に人として私とは合わない(少なくとも私はそう思う)。

 写真を持ち合わせていた斜め駆けの小さなバッグに仕舞い込み、先生に向き直る。先生は、私の道中を見に来る気はさらさらないようで、直ぐに職員室に戻ってしまうのか、簡易サンダルを履いていた。


「これから頑張ってくる学生に、何かご褒美はないんですかー?」

 

 少し意地悪く先生におねだりをしてみる。先生は「んー」と唸った後、ポケットに手を突っ込み、あ、という表情を浮かべたかと思えば、今度はポケットに突っ込んだ手を私の前に差し出した。


 チリン……という凛とした音が、人込みの雑音の中、鮮明に聞こえる。


「はい、今はこれしか渡せないけど」


 そう言って、先生の手から私の手に渡ったのは、小さな鈴のついた、黄色い狛犬のストラップ。風がストラップを揺らす度、チリン、チリンと音を鳴らして存在を知らせる。

 なんでそんなものがポケットの中に……と思ったけれど、あえて問わずに、指でふるふると震わせながらそれを眺める。よく見てみると、狛犬は、なかなかに可愛い顔をしている。

 先生は、内緒話をするように、私の耳に口を寄せてコソッと囁くように言葉をつなげる。こんなところ、先生のファンに見られたりしたら、私は死刑なのではないだろうか。


「僕のお世話になっている神社の、人気のお土産だよ」


 そう言って私から離れた先生は、いつものにこやかな笑顔を浮かべたまま、口元に人差し指を当てた。”内緒だよ”と言わんばかりのその仕草に、噂は本当だったのか、と驚きを覚える。

 どこかの神社に従事者として出入りしている、という噂。先生自身、噂事態には触れていなかったから真実はうやむやだったけれど、事実を隠しているとばかり思っていた私は少し面食らった。そんな面倒な隠し事、私だったら絶対に他人に話はしない。し、そもそもそんな立場にいたら教員になろうなんて夢にも思わないだろう。


「なんで、私にそんなこと……」


 小さくつぶやいた疑問の言葉は、先生には届かなかったようで。

 石井先生はそのまま、私にひらひらと手を振り本館の建物の中に入って行ってしまった———。

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