三 …二

「大丈夫よ。 丁度精神統一をしていたところだったから、周囲の気配に疎かになってただけ」


 そう言って、にこりと春香に微笑んで見せる。春香は微かに頬を赤らめ、こちらに向かって控えめな笑顔を向けた。本当に小動物みたいで、女から見ても、守りたくなるくらい可愛い。


「あの、石井(いしい)先生が呼んでます……」


 そう言いながら、キャンパス塔の本館を指さす春香。石井和也いしいかずや先生。私達が所属する神楽同好会を見てくれている教授。まだ三十代前半の温厚な先生で、なかなかの美形ということで評判だ。しかも未だに未婚で彼女はいないらしく、度々女子生徒の話題に上がる人物。なんでも、石井先生自身もどこかの神社に従事者として出入りしていると噂を聞きつけた女子生徒が、休みごとに都内の神社を先生探しに参拝して回るほど、熱狂的なファンがついている(らしい)。


 校内道中までそんなに時間がないにも関わらず、わざわざ職員室まで呼ぼうなんて……しょうもない内容だったらさっさと戻ってやるんだから。

 伝えに来てくれた春香に「ありがとう」と一言伝え、職員室のある本館へ向かう。神殿を出ると、開会から数時間が経過するため、すでに敷地内にはかなりの一般客がいた。

 巫女姿はよほど珍しいのか、じろじろと視線を向けられ、みことは自分の頬が赤くなるのを感じる。早く人気のない所へ、と早歩きで本館へ向かうものの、人込みでなかなか前に進むことが出来ないからもどかしい。

 ようやく人込みから抜け、本館の玄関先へと到着する。そこには、外で私が到着するのをわざわざ外で待っていてくれたのか、石井先生が女生徒に囲まれながら立っていた。

 私が好奇の目に晒されているにも関わらず、この先生はハーレム状態だったのか……と思うと、腹の底に怒りが湧いてくる。


「あ、三条!」


 私を見つけた石井先生は、周りの女生徒に何かを告げると、そのまま私の元へと駆け寄ってきた。駆け寄る姿はまるで飼い主を見つけた子犬のようで、なんとなく文句を言う気力を失ってしまう。

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