二 …三
國学院大學の生徒。本人は非宗教者で、高校の推薦枠で入学した一般生徒。彼に悪しきモノが憑いているらしい。一緒に同封されてきた、二枚の写真を見てみる。一枚目は、こちらに向かって笑顔で笑いかけている青年の写真。成人間近の青年が浮かべるには、いささか幼い印象を与える屈託のない笑顔からはは、到底毒気は感じられない。
そしてもう一枚には、最近撮られたものなのか、酷く憔悴しきった様子の彼の姿。喪服のような黒いスーツを身に包み、目からは生気が感じられない。まるで廃人同然だった。
「『二週間前、妹が事故で他界、その後、シングルマザーであった母親も、心身を患って寝たきりの状態……』」
これまでの簡略化された経緯を記した文面を見る。どこにでもありそうな、悲劇の家族像、という印象を受けた。人間、幸せな空間に身を置いていると、かけがえのないその幸せがいつの間にか当たり前のものになってしまう。それが人間の性だ。日常で現在の幸せについてなんたるかの考えに至る人間なんて、ほんの一握り。
この青年は、その当たり前の空間から突如として引きずり降ろされてしまった、不幸な人間の一人。しかし、これまで嫌というほど人の負の感情に触れてきた五条は、まだ本当にこの青年が闇の中に落ちるまでの猶予は残されていると感じた。
早々に対処すれば、恐らく心身も回復し、普段通りの生活を送れるようになるだろう。そう直感していた。
だから、今回の話はいささか解せない部分がある。どうして、こんな事件に自分が、しかも他管轄の敷地に足を踏み入れてまで任務を遂行させようとしているのか。
「上層部は、何を考えている?」
こめかみを人差し指で抑えて深く考える素振りを見せながら、乙女に問いただす。しかし、返って来るのは曖昧な含み笑いのみ。はたはた困っている、という訳でもなく、しかし、これ以上詮索しても無駄だという空気感は伝わってきた。
「実行は明後日。それまでに下見しておいで」
乙女はスマホを胸ポケットに戻し、先程まで腰掛けていた五条の隣から、よっこらしょっ、と腰を浮かせる。その際にはためかせる白衣の裾からは、少しくすんだお香っぽい残り香がふわりと漂ってきた。嗅ぎなれた、白檀の香り。今の五条には、そのまとわりつくように燻り立つその香りが、忌々しくも感じる。
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