一 …五

 確かに、さっきの態度の落ち着きのなさは否定できないけれど。

 サァサァと、また風が一層強く吹く。木々を揺らしながら過ぎてゆくそれは、まるで私を笑っているかのようだ。そして、また金木犀の香りが鼻をくすぐる。天然のものではない、どこか人の温かみも入り混じった香り。

 そうか、この金木犀の香りの正体は、青年が醸し出したものだったのか。

 青年がこちらに顔を向け、その面持ちが露になる。薄暗闇の中、ぼんやりとだが、確かに彼と視線が交差した。だがしかし、フードから見える前髪は目を覆っていて、今、彼がどんな表情をしているのか、図ることはできなかった。


「ほら、精霊たちも笑ってる」


 ポツリと、静かに青年は言った。そして、何事もなかったようにまた大学の敷地内に向かって足を進めてゆく。

 待って、と言おうとした矢先、私の後ろでクラクションが二回鳴らされた。


「みこと!」


 車のライトが私を真っすぐに照らす。ウィンドウを開け、迎えに来てくれた久遠お兄が私の名を叫んだ。少しだけ目をひきつらせた久遠お兄が視界に入る。

 若干の苦笑いを浮かべながら久遠お兄は手を振り、私は再び視線を青年の方に向けた。だが、そこに青年の姿はなく、大学内に繋がる一本道が暗闇を飲み込むように続いているだけ。


(彼は一体何者なんだろう?)


 私の疑問は、ただ視界に広がった薄暗い闇の中に溶けて消えて行った。

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