一 …四


 言うが早いか、直ぐに車が走り出す音が聞こえてくる。

 私は門前に設置されているベンチに腰掛け「ありがとう。待ってる」とだけ伝えて電話を切った。


(そうか、今日私のとこで集まってたんだ)


 三条家から大学まで、車でスムーズに来れて二十分程度。それまで何してようか、とスマホから顔を上げたところで、微かに金木犀の、しかし、先程まで香って来ていた艶めかしいものよりかは、幾分温度感のある香りが鼻を掠めた。

 次の瞬間、黒い影が私の横を通り過ぎる。


(え……)


 横を通り過ぎるまで、全く気配を感じなかった。思わず通り過ぎた影を追うように、後ろを振り返る。

 背丈は百七十五センチ程度。少し猫背気味だから、しゃんと歩けば百八十はあるかもしれない。フードを目深に被っていて目元は眼鏡でよく見えないが、やけに静かな佇まいを感じる。ただ、落ち着いている人、という言葉では片づけられないような、凪いでいるような感覚。でも、この感じを、私は知っている。


(神楽を踊っている人のような、一切の曇りも感じられない気配……)


ただその背を目で追っていただけなのに、通り過ぎた青年はこちらを振り返らずに声をかけてきた。


「なに?」


 青年から発せられた声に反応して、思わず体が跳ねた。まさか声を掛けてくるとは思わず、なんだか悪戯がバレた子供のようにバツが悪くなった。硬直する私を見ずに、青年は続ける。


「気配がうるさい。 ここの学生なら、もうちょっとおしとやかにすれば」


 淡々と発せられる言葉。久しぶりに言葉を発しましたと言わんばかりの、少し掠れた声。

 暗くてその佇まいもよく見えないけれど、先程まで皆無だった気配をしっかりと認識することが出来る。そして、もう一つ感じられること。この青年は、絶対に私をバカにした。


「な……初対面相手に向かってその言い方はないじゃない!」

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