一章「ちいさき歪み」

一 …一

一、


「うわ~、真っ暗だ」


時計の短い針が丁度九の方向を刺す時間帯。夏のかったるい暑さがようやく終わりを迎えようとしている九月の終わり。過ごしやすい季節を誰よりも待ち望んでいた三条さんじょうみことは、心地よい秋風に乗ってやってくる金木犀の香りを、胸に思いっきり吸い込んだ。

 大学内に併設されている神殿の裏道には、秋に見ごろを迎える金木犀が軒を連ねる通りがある。その場所を通って帰宅するのが、毎年この季節の楽しみとなっていた。


 今日は近々開催される文化祭で披露する、神楽同好会名物『巫女舞』の最終稽古だった。いつもより念入りに舞踏稽古のチェックをしていたため、こんな時間の帰宅となってしまったのだ。

 ふと、神殿の遥か頭上にある、展望タワーさながらのキャンパスを見つめる。夜も更けてライトアップされたキャンパスには所々に明かりが灯っていて、まだまだ一般生徒が集っている様子が伺えた。


(みんな頑張ってるなぁ)


 キャンパスの上層階をただボーッと見上げているだけなのに、なぜだかいつもより特別なことが起こりそうな、謎の高揚感が胸を躍らせる。きっと、今見ているいつもと変わらない風景が、普段よりも一段と暗みを帯びているせいだろう。

 そんなことを考えていると、肩にかけているキャンパスバッグに仕舞い込んだスマホの振動が腕に伝わってきた。

 スマホを手にしようと慌ててバッグの中を漁ると、ひやりと冷たい感触が指先を掠める。スマホではない、だが至ってシンプルな形状だということが指先だけでも伝わってきた。そっとキャンパスバッグから感触の正体を抜き取る。

 そこには、いつどこで紛れ込んだのか、自分のものではないことは判明できる手鏡が握られていた。


 青く輝く小さな石が、いくつも散りばめられた丸い形状の手鏡。ずっしりと重力を持ったそれは、その見た目に反してずいぶんと重量があるように思う。


(一体、誰の……?)

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