第42話
そんな央ちゃんの姿をひばりさんは目も逸らさずにじっと見ている。ひばりさんからそんな熱い視線を奪えるなんて、なんて羨ましい男だ。央ちゃんのことは大切な幼馴染だと思っているけど、なんだか面白くない。
勿論、ひばりさんは女の人が好きだから央ちゃんにそういう気持ちを抱くことはないにしても、ひばりさんの瞳にはできたらあたしを映してほしい──これは独占欲というやつだろうか。
「……央太郎くん、すごくいい子だね」
「はい、大切な幼馴染ですけど……ねえ、ひばりさん」
「うん?」
「央ちゃんのこと、どうしてそんなにじっと見てるんですか?」
ひばりさんの頬が一気に染まる。別にチークを試したわけではなさそうなのに、広範囲でピンク色になっていた。
「……ううん、何でもない。そういえば梅ちゃんはリップを買うんじゃないの?」
そうだった。ひばりさんの唇みたいになりたくて桜色のリップを手にしていたことを忘れていた。テスター用のチップにリップを乗せて、唇をなぞる。ひばりさんの唇と見比べてみても、なんだかあまり発色が良くない。
ひばりさんはオレンジ系のリップを手に取って勧めてくれた。実際に試してみると、驚くほどしっくりと馴染んだ。その出来にひばりさんもご満悦の様子。ひばりさんのチークの粒子が分かるくらいに近づいた距離で聞く声は、あたしの脳まで溶かしそうなほど優しくて甘い響きをもたらす。
「じゃあ、このリップ買ってきます。えへへ……」
「どうしたの?」
「ひばりさんが選んでくれたのが嬉しいんです」
あたしは毎日このリップをつけてこれから過ごす。そうすれば毎日ひばりさんと一緒にいられるような気がするから。そう伝えるとひばりさんは顔を綻ばせた。
「そうだねえ、私ももうすぐ学校行かなくなっちゃうし、そうしてもらえたら嬉しいな」
「え、どうして?」
「二月の半ばくらいから仮卒期間に入って、卒業式の二日前までは学校に行かないの」
じゃあ仮卒期間は遊べる、とあたしの短絡的な思考をひばりさんはやんわりと制した。また学年末のテストがあるでしょ、と。落胆するあたしを見ながらひばりさんはまた勉強を見てくれると約束をしてくれた。
そんな楽しい土曜日を過ごし、日曜日もひばりさんと電話でおしゃべりをして週末はひばりさん尽くしだった。思い出したようにピアノの練習もしつつ、身体を大きく動かすあたしを見てお母さんがけらけらと笑っていた。
それからの月曜日。もう暦の上では春が近づいているというのに朝から雪がちらついていた。春なんてまだまだ先なんだと思い知らされる天気だ。
こんなにも冷え込むというのにあたし達女子高生という生き物はスカートを短くし、薄いハイソックスを履き、太ももは素肌のままだ。そこから風が入り込み、大袈裟に寒い寒いと騒ぎ立てている。学校に到着すれば体操着のジャージをスカートの下に履き巻きスカートのように膝掛けをぐるっと巻いている。冷える校舎内でもこれで防寒バッチリだ。
だけど先生達は品がないと叱る。あたし達は大分寒い思いをしているんだから、そんな風に怒るのなら制服でズボンを作ってほしいもんだ。
教室に到着すると、いつもの朝とは違っていた。クラスの中で特段目立たないあたしが、今日はドアを開けただけで注目を浴びる。皆の目線が集中して、一斉に銃を向けられている気さえする。
「な、何……?」
あたしの問いには誰ひとり答えない。その銃口のひとつを見ても、皆は撃つ覚悟なんてできていなくてすっと腕を下ろす。あたしは丸腰なので撃っても撃たなくても、別にいいということだろうか。
が、ひとりだけチャレンジャーがいた。もうかれこれ一年近く同じ教室にいるのに、片手で数えるくらいしか話したことがない子。携帯電話を片手に、いろいろな感情が混ざった様子であたしに近づく。
口元は笑っているけど、目元は軽蔑するよう。眉毛の間には困惑を孕んでいる。
その子は携帯電話の画面をあたしの目の前に出した。
携帯電話の画面には土曜日あたしとひばりさんがカフェで手を繋いでいたときの様子が映っていた。物陰からあたし達の許可などなくこっそり撮られていて、人を映すというよりは無機質なものを映しているような写真だった。
「勝手に写真を撮ったの?」
「あたしじゃないよ。その……先輩からメールで回ってきたんだ」
この教室の雰囲気から察するに、その先輩からメールを受け取った生徒はこの子だけではない。見せられたメールには複数のアドレスが書かれていて、いろんな人に写真を回されていることを知る。
「……ねえ、中林さんってこの人と付きあってるの?」
どうしてそんなことを訊かれなければならないんだろう。その子の唇にはピンク色の侮辱がべっとりと塗られている。あたしが答えを返す前に、他の子達も集まってきて、また銃を放つように、あたしとひばりさんのことを訊ねてくる。
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