自然発生悪について

 生成り色の幌天井は、正午の太陽によって琥珀色に光っている。

 その下、太陽光を受け淡く光るミズベヒバの教壇に黒羽の女が立ち、受講生を見渡した。珍しい種族を見たと、まばらなざわめきが上がる。移動学舎の校長が手を叩いた。緩みかけた空気が、引き締まる。


「本日は特別講師を招きました。クロウ家の外部調査班、ガーネット氏です。教育に関わることだからと特別に頷いていただけました。みなさん、学問を収める者として品位と敬意ある行動を心がけてください」


 校長の言葉を受けた学生が、いっぺんに立ち上がる。

 椅子を引いたり、止まり木を降りる音。立ち上がった拍子に机に胴が当たる音。学生たちは少し決まり悪そうな顔になったり、謝罪の動作をした後で声を合わせた。


「ウィライ、ノウリッジ《知は偉大なり》。大いなる知恵に敬意を払います。クヴァシル、メーティスに誓い、我らは尊敬と共にあなたを遇し、あなたを送る」


 テントの影。

 吟遊詩人の仕事はいつものことなんだが、と苦笑する友人を思い出して、若草色のワンピースを着た少女は『がんばれ』と両手を握った。学長の息子や娘も集まって、女の言葉に耳を傾ける。

 生徒と共に挨拶の言葉も忘れない。


「おーいなる知恵にケイイをはらいます。知識の神さまに誓って、ガーネットさんをソンケイしてひどいことはしないで、ちゃんと見送ります」


 *


 手厚い歓迎をありがとう。

 **先生には『至灰期』のフラクロウ以外について話してほしいと聞いている。

 その前に、一度『自然発生悪』について話したいと思う。だいぶグロテスクな……そうだな。少年誌くらいには惨い話が出るから、苦手な奴は教室から出てくれ。後からマイルドにした資料を―――、そういう配慮は必要ない? 分かった。じゃあ話すぞ。


 『自然発生悪』について、一番多い誤解は『悲しき悪役』だ。

 全部間違いってわけじゃないんだが、彼らが”そう”と認められる条件は恐ろしく厳しい。

 すごく簡単に言えば、世界だとか後世の人々が『あなたにはその権利がある』と認めるくらいの体験。まったくの第三者が復讐の正当性を認めることが必須だ。

 これから詳しく説明していこう。


 その一。彼らの復讐はビジネスではない。

 学問をしている君たちなら理解していると思うが、精霊種は生物を守り、生かすだけのものではない。世界を守るために存在する者だ。

 だから『悪の末路を示して善を勧める』精霊種もいる。『幸不幸のバランスをとるために、敢えて憎まれ役になる』精霊種もいる。”嵐の精霊”や”病の精霊”といった『成立からして生物に不利益を与える』精霊種もいる。

 そういう者たちは、自然発生悪に数えない。


 その二。正当な復讐でなければならない。

 あー……とても、とても恥ずかしいけれど『灰の怪』で例えよう。アレを自然発生悪とは呼ばない。なぜならば、動機が悦楽だからだ。

 『Pの残滓』もそうだし、その辺りのゴロツキもそうだ。

 不満の正当化、押し付け、主張のための暴力。そういうものは自然発生悪と呼ばない。どれだけ当人が名乗ろうとも、世界も大図書館も認めない。

 純然で十全な復讐心。それだけが、認められる。


 その三。代弁者でなければならない。

 個々の復讐であることと同時に『声すら上げられなかった無辜の民』の代弁者じゃなくちゃいけないんだ。砂粒のように踏み潰され、雑巾のように使い潰され、壊れたり飽きられたら忘れられる。社会当代文明を呪う、名も無き声の発信者。


 この三つを満たし、復讐するに足る力があった者が『自然発生悪』と呼ばれる。



 ガーネットの声を背中に聞きながら、若草色の少女―――パナシアは思い出していた。ずっと以前回った国で、ガーネットは同じ話をした。その時は自分と、暗い目をした幼かった王弟に。

 ひどく真剣な声を覚えている。


『例えばだ。この国は”祈りの結界”で毒雨から大陸を守っている。国の大変さを知らない悪人が「頑丈な結界で守られている」ことだけに目をつけて、国民も王家も一人残さず殺したとする。生き残ったのはアンタ一人。よその国や知り合いに助けを求めても、誰も助けちゃくれなかった。そういうことが、三回起こったとする』

『守ったものに裏切られること。今までの世界すべてを粉々に壊されること。絵物語でしか許されないような差別と迫害にさらされること。……正当な怒りだ復讐心だって言うから勘違いする奴が出る。自然発生悪は、努力やら未来やらの美しいもの全てを、社会のあり様に奪われた者が成り果てる、生きた地獄だよ』

『選択権を与えられてる内はなれるわけがないんだ。自分を愛せる余地があるなら、誰かのために怒ったり踏みとどまる理由がある内は、なるわけがないんだよ』

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