至灰期 物語群

メ・ュイ王子

「これはアタシたち一族が七七七七の物語を集める前、ま、ざっくり言やぁ、アタシたち一族の始祖の話だ。拙い語り口だが、どうか最後まで聞いてほしい」


 日の沈んだ町の、灯篭の橙に照らされた酒場で黒く艶やかな羽の女が口を開く。隣で若草色のワンピースを着た少女が弦楽器に指をかけた。酒場の喧騒が大きくなる中、女は灯篭の光より赤い唇を開く。



 フラクロウの国は、代々女王が治めていた。

 オスのフラクロウに継承権は認められていなかった。ご存じの通り、フラクロウは遺伝情報や様々な要素を溜めることができる翼人だ。当然、やろうと思えば単為生殖が可能だった。子育ての体力のためって片方を食うのが当然だったんだ。

 メ・ュイには元々名も与えられておらず「三番目の王子」と呼ばれていた。

 母はスカーレット・クロウ。「晩餐会」スカーレット・クロウ。帝国の最も栄えた時代のおびとだ。


 子に対して、スカーレットは公平だった。娘を失ってすぐだったこともあるだろう。彼女はメ・ュイが他所で生きていけるようにと、縫製や整羽さんぱつや宝石の目利きを教えていた。

 だから、彼女の死の真相は後世に伝わった。

 どことも知れぬ時間の果てへ母が連れ去られる様を、メ・ュイが見ていたんだ。叔母に贈られたネックレスが実行の道具だったことも、ネックレスがとろりとした秋の夜更けの色とも伝わっている。メ・ュイが一つ残らず、日記に残した。

 悠々と玉座を温める叔母をメ・ュイは見ていた。

 彼は乳母の愛情深き紫金嬢アイリスに守られた。乳母が王子を樽の裏に隠し、あたかも己のみが目撃者のように振舞ったから、メ・ュイは無事だったのだ。

 アイリスは海に浮かんだ。


 新しい女王は、王子を海とまじないの国へ嫁がせた。

 人質同然の身柄だったが、海の国の王女は彼を快く迎え入れた。海の国の暮らしが王子にあったことも大きかっただろう。

 メ・ュイは体が弱く、生でものを食べられなかった。フラクロウの主食は生物らの踊り食いだったが、王子は熱を通したものでないと喉を通らない。また、ひどく小食だった。

 フラクロウでの欠点は、海の国にとっては歓迎すべき美点だった。


 王子は精霊種とも親しくあった。

 母の理想を受け継ぐために知れる限りを調べ、フラクロウに囚われた精霊やまじない師たち、狙われるだろう者についてを記した。


 フラクロウの国は5代目女王による統治の折、世界統一に動き出した。

 メ・ュイが生きたのは、**の百二十年ほど前のこと。海の国の代替わりに際して13番目の精霊は、彼の一族に使命を与えた。あるいは、恩寵であり恩赦を。


『これより失われる七七七七の物語を収めよ、集めよ、次代に繋げよ』

『集め終えた時、あなたの一族は自由になる』


 我ら囚われし者。

 世界帝国の妄執で地を滅ぼした、フラクロウの血を継ぐ末の者。命に忌み嫌われる一族なれど我ら、贖罪を許されし一族である。



 日没後の賑わいは、盛り上がりの途上。

 弦楽器から指が離れ、最後の一音も喧騒に溶けた。灯篭の橙を黒い羽で受け止めて、女は椅子を引き、礼をする。きつく結ばれた赤い唇に、まばらな拍手が捧げられた。

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