石に転んだ末の子の話
むかし、
夢で見つけた、一等美しい宝石に似た瞳。季節の花々より色づく頬。ほっそりとした手足に光り輝く笑顔。
誰もに愛されて、誰もに笑いかけられる末の子は、ある時石門の下で頬杖をついていた。古いが清潔な衣服で橙色の敷石に座り、末の子は暮れる前の日を眺めていた。まつ毛が影を落とす横顔に『エス(*1)』が声をかけた。
「一体どうして、そんな暗い顔をしているのか」
末の子は夕日から目を離して、エスを見た。
「ぼくは生まれてから、一度も食うに困ったことがありません」
「ほう、それはいいことだ」
末の子は俯いて、服に皺を寄せた。皺の上に染みが二つ、三つとできる。
引き結んだ唇から声を振り絞って、末の子は訴えた。
「みんな、ぼくは町一番の幸せ者だと言いますが、ぼくにはとてもそうは思えないのです」
末の子の言葉をまとめるにはこういうことだった。
末の子は兄たちに可愛がられ、町民に可愛がられた。籠に入れた小鳥を愛するように人々は末の子を育てたが、誰も立ち方を教えなかった。
「おかげでぼくは、こけたことがありません。服が泥だらけになったこともありません。こけたことがないので、どう起きればいいのかも分からないのです」
「ならこけてみるといい。ほら、そこに丁度石がある」
末の子は頷いて石へ走って行った。
足を引っかけてから前のめりになって、顔から落ちた。なだらかな額が割れて、末の子は目を悪くした。
しかし皆、誰もエスを責めないで末の子を責めたので、末の子は引っ越すほかなくなった。
(*1)エス
当寓話を収集した地域特有の言葉である。『大衆の助言』『姿かたちのはっきりしない悪意』『物事を急速に動かしたり、止めたりする事象の総称』として使用される。
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