第3話 城下町✕やましい(?)変装
――そして、その選択を心底後悔した。
「いやっ‼ なんで、こんな服……ぜったいやだっ‼」
イクスに案内された裏路地深くの日が差し込まない怪しい店。店内に入るやいなや、イクスは慣れた様子で店員になにやら注文し――そして試着室に置かれていたのがこれである。
ヒラヒラした服だった。一見可愛いかな、なんて思ったりもしたけど……短いね? スカートの丈とか、色々短いね? しかもどーしてお腹が出ているかな。どうやって頑張っても、おへそが隠れてくれない。金糸もふんだんに使われていて、ジャラジャラ装飾品も綺羅びやかだけど……どう考えてもこれから旅をする格好じゃないよね⁉
試着室と言っても、店の端でカーテンによって遮られているだけの場所。すぐそばに立っているイクスの影と肉感はカーテン越しでもはっきりとわかる。
彼は如何にも不服な声をあげた。
「そんなわがままを仰らないでください。いくら貴方様の命といえど、さすがに時間がありません。さ、早くお支度を」
「ムリムリっ! 絶対に無理っ‼」
私がぶんぶん否定すると、カーテンの向こうからため息が聞こえる。
「たしかにそれは踊り子の服です。普段貴女様が着ていらしたような装束とは段違いの露出度でしょう。恥じらいがあるのもわかります――が、そんなわがままを言っている場合だと思っていらっしゃるのですか? 流れの踊り子ならば、多少身なりが派手でも身分に不確かな場所があろうと不自然ではないでしょう?」
「イクス……」
……そうだよね。今このアルザーク王国に、国家聖女は私ひとりしかいない。
聖女として白魔法を使える者は少ないとはいえゼロではない。それこそ、私の妹も多少は使えるもの。だけど……擦り傷以上の怪我の治療を一瞬で行えたり、魔族を一撃で屠ることができるような存在は、残念ながら私だけ。
そう考えると……本当にごめん。私が逃げたら、国に、国民のみんなに、ひどい迷惑がかかるよね……無責任極まりないと思う。だけど……これは私とイクスしか知らないことだって、わかっているんだけど……頑張って。死んで。頑張って。死んで。それを十一回。私もそろそろ疲れたよ……。今回もダメなら、また次回は頑張るからさ……そろそろ一回休ませて?
役目を放り捨てた罪悪感に胸を押さえていると、イクスは言う。
「俺が手伝いましょうか?」
「…………え?」
「だから、これ以上時間がかかると言われてしまえば、俺が手伝う他ないのですが。如何しましょう?」
ねぇ、イクス。たしかにお役目を放棄する私は悪いよ。わがままだ。そりゃあ、それに付き合ってくれるイクスには恩を感じるし、これ以上わがまま言っちゃいけないのもわかる。イクスが一生懸命やってくれてるのも痛いくらい理解しているつもりなんだ。
だけど本当にこんな服を着て街を歩く必要があるの? ――という疑問すら、おまえは抱かせてくれないんだね⁉
「…………自分で! ひとりで頑張りますっ‼」
「では、急いでくださいね」
うぅ……どことなくイクスの声がウキウキしているような気がするよぉ……。
でも、私も覚悟を決めるしかないよね。今着ていた服を脱ぎ、この紐のような服に四苦八苦。そして格闘する時間は、体感時間よりは少ないんだと思う。
「着た……けど……」
「では失礼します」
容赦なくイクスは試着室のカーテンをガラッと開けてくる。幸か不幸か鏡なんて置いてないから、自分じゃどんなものかわからないのだけど……。上から下までじっくり一瞥したイクスに、思わず私はモジモジ。そしてイクスは口を結んだまま何も言ってくれないから、こちらから「どうですかね?」と聞こうとした時――にっこり微笑んだイクスがガバッと暗色のローブを被せてくる。
「んぷふぁっ⁉︎」
「……くれぐれも、俺の許可なく脱がないように」
私はにょきっと首を出してから咄嗟に叫ぶ。
「ふぁっ、へ……ねぇ、わざわざ上にこれ着るなら下は何でも良かったんじゃないの⁉︎」
「きちんと意味はありますよ?」
「どんなっ⁉︎」
その疑問符に、イクスは口元に手を寄せて笑った。
「……ふふ。まぁ、わからないままでいられるに越したことはありませんね?」
やーだーーっ‼ もう怖いー! イクスさん不気味すぎるーーっ‼
それでも彼は急に表情を引き締めたかと思えば、怪しげな店主と金銭授受など淡々と処理を始めて。私は暗い店の片隅で、ため息を吐くことしかできないのだった。
結局、流れの踊り子とそれに護衛として雇われた冒険者という体になったらしい。城下といっても兵士らの憩いの場として酒場もある(らしい)し、こうして一発逆転を狙って上京しては、上手く行かずに地元へ帰る人も少なくないらしいよ。
「……踊り子さんも訳ありの人が多いんだね」
「まぁ、訳ありだから踊り子になるともいえるでしょう。なので貴女様も気を引き締めて――」
そんなことを話しながら城門に向かうべく、大路地へ出ようとした時だった。
「おい、そこの――」
それは声を掛けられたのとほぼ同時だっただろう。イクスに急に壁に追いやられたと思いきや、スルッとローブを捲られて――いやいやいやいや、ちょっとイクスさん何してくれてんの⁉
抗議をしようにも、いつの間にかわざと髪を乱したイクスは私の首元に顔をくっつけて「黙って」なんて言ってくるし、ふと、太もも! 太もも見えちゃってるよね⁉ めちゃくちゃはだけちゃっているよね撫でないでっ⁉
私の動揺をよそに、イクスは横目で私服衛兵に言う。
「何だ……見せもんじゃないぞ?」
「なら、そういう真似はもっと見えない所でやれ。仮にも此処は王の膝元だ」
「そりゃ悪かった。すぐにこんな場所出て行くさ」
「あぁ――そこの女」
女……て、もちろん私のことだよね?
イクスの髪が邪魔で相手の姿は見えないけれど。それでも意識だけしてみれば衛兵は言う。
「その男に執着するな。そいつは――」
「おい、さっさと行け。そんなに見たいのか?」
言葉の途中で、イクスがピシャリと遮って。
そしてやれやれと去っていく衛兵の背中を確認してから、私ににこりと微笑む。
「踊り子も娼婦も紙一重ですから。その服に着替えた意味もあったでしょう?」
う~。ほらね、と笑う顔は好きなの!
だからこそ、その顔で腿をスリスリ撫で続けないで⁉
善意全開の笑みを浮かべるイクスに、私は絶叫を声に出さないだけ偉いと思い――この時にはもう衛兵が何か言おうとしていたことなど、すっかり頭からこぼれ落ちてしまっていた。
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