第4話 草原街道✕ぽんこつ魔法使い

 アルザーク城下街を出れば、高い草に囲まれた草原に出る。この通称『城街道』と言われる街道は、数百年前の聖女が魔王を討伐した場所として、途中で聖女像が建てられている以外何もない。あり大抵に言っちゃえば、ただっ広い草原の中に石畳で舗装された一本道である。


 空も晴天。暑くもなく、寒くもない。

 そんな道の真ん中を、私たちは長閑のどかに歩いていた。


「ねぇ、イクス。こんな呑気に歩いていていいのかな?」

「つまり、貴女様は俺に抱っこしてもらいたいと?」

「そんなこと言ってない」


 私が即座に切り返しても、頭ひとつ分は高いイクスの顔は、今にも口笛を吹きそうなくらい上機嫌だ。


「疲れたらいつでも命じてください。俺の両手は貴女様だけの物ですので」

「……でもイクス、重くないの?」

「貴女様の体格からしたら、女性として充分軽い方だと思いますよ?」


 違うっ! 誰も私の体重の話なんかしてない‼ しかもその物の言い方、私の体重知ってそうで怖いんだけど⁉

 でも、そこにツッコミ出したらより怖い答えが返ってきそうなので聞き流して。私は言葉足らずだった己を反省することにする。


「ごめんね、私はおまえの持っている荷物について言いたかったんだ」


 イクスは大きな革袋を背負っていた。毛布や携帯食料に調味料、その他替えの服など、俗に言う旅支度の全てが詰まっている。当然、私が空手なので二人分。その上、腰には愛用の長剣を差しているから、長旅には辛かろう。だけど、イクスは平然とした顔で胸を張る。


「ご安心ください――さらに貴女様を持っても余力がありますよ!」

「いい加減くどいんじゃないかな⁉」


 まぁ……イクスもずっと3年✕11回鍛えているわけだし。

 このループ生活で便利なことは、前回身に付けた技術も引き継げるということ。勿論、体格などは三年前に戻ってしまうんだけど、知識や手先の技術は蓄積される。イクスの剣技も回数を重ねるたびに向上し、今や達人の域といっても問題ないレベルに達している。


「念の為確認しておくけど……今回も身体に不調などないんだよね?」

「えぇ、もちろん。俺が絶好調なことは――今から確認していただけるかと」

「え?」


 イクスがスラッと剣を抜く。その動きに、私も咄嗟に身構えて。

 イクスが声を張った。


「ほら、そこらにいるんだろう⁉ 俺らは逃げも隠れもしないぞ。さっさと襲ってきたらどうだ?」


 盗賊……? いや、さすがに王城近くに大規模な根城を作る賊がいればさすがに駆逐されるはずだから……即席の強盗ってところだろう。魔族は基本的には決められた領土から出てこないし、大きな獣もこの草原にはいないはず。ならば――人間の敵は、人間だ。街の中は取り締まろうとも、一歩外に出ればこの通り。


 草むらの中から、ざっと八人のゴロツキが出てくる。


「多少はやるようだが……話は早え。とっとと路銀を置いていくんだな」


 リーダーらしき黒ひげおじさんが、抱えた斧をきらめかせる。それを、イクスは鼻で笑い飛ばした。


「出来るなら、力づくでやってみたらどうだ?」

「へっ、後悔しても知らねーぜっ‼」


 そうして一斉に飛びかかってくるゴロツキたち。イクスは「下がっててください」と私に促し、そのまま荷物を下ろすことなく斧と剣を打ち鳴らす。


 ……うん。実力的にいえばイクスが負けるはずがないんだろうけど……さすがに荷物は下ろした方が良かったんじゃないかな⁉ 戦闘中くらい持ってますよ? なんなら地面に置いてもいいと思います。背中の荷物のせいで若干動きそうに見えますが⁉


 それでも、「はぁーはははッ」と笑うイクスは、とても楽しそうで。

 彼、私に対しては物腰穏やかなんだけど……根は戦闘狂なんだよね。こういう時はほっとくに限る。


 それはわかっているんだけど――私の脳裏には、ずっとイクスが魔王の闇の剣に貫かれそうになったシーンが焼き付いて離れないから。


 私も足元の石を投げ飛ばし、指をクイクイ挑発する。


「ねぇ、おじさん方。私を忘れちゃいませんか?」

「ダメですっ‼ ナナ――」


 イクスの叱責が飛んでくるよりも前に――私は指先で円を描く。空中に描かれた光の円陣は、この世界の全てのモノが持つ魔力エーテルだ。大気中のエーテルに、己の魔力エーテルを流し込み――輝くだけだった円陣は、怒る海の色へと染まる。


「蒼き水流――唸れっ! 《傲慢な水龍ブルー・サーペント》ッ‼」


 ぴゅー……。


 私の掲げた手のひらから、水鉄砲の如く細い水流が吹き出した。その細い先はなんとか戦闘のゴロツキへ届き、その胸元をぺちゃっと濡らす。


 思わず、私はガッツポーズした。


「やったよ、イクス! 最長記録じゃない⁉」

「……」


 呆然と立ちすくむゴロツキの間から、イクスはとことこ私に近づいてくる。

 そしてどこか威圧的な笑みを浮かべて、私のフード越しの頭を撫でてきた。


「いいですか――そこで・大人しく・座っていてください。でないと、その可愛い呪文を唱えた唇を、俺の唇で塞いでしまいますよ? わ・か・り・ま・し・た・ね?」

「……はい」


 その後イクスは数分もかからず、ゴロツキを一層した。




 残念ながら、黒魔法と白魔法はまったくの別物である。

 黒魔法は誰もが持つ魔力エーテルを使った四属性に分かれる術法だけど、白魔法は違う。神に特別与えられた聖力マナをを用いて行う術法だ。黒魔法は学術的に発動方法が解明されており、その方法に則って術式を描き、己の魔力エーテルを流し込んで呪文を唱えれば発動する――はずなんだけど。私はこれがめっぽう苦手だった。


 何でなんだろう? ちなみに妹は黒魔法の天才だ。その上、白魔法も聖女界の中では平均的と言える。一点特化の私よりよほど器用で、国立魔法組合の筆頭魔道士として引っ切り無しに依頼が殺到しているらしい。わ、私も国家聖女として活躍してたもん……! 逃げてきたけど。


「いいですか、ナナリー様。ただでさえ、目立ってはいけない我らです。あんな騒ぎは早急に片付けなければいけない。貴女様のわがままは勿論全てこの俺が叶えてさしあげたいですが、急事の場合は空気を読んでいただかないと。そんなに魔法が打ちたいなら、あとで俺がいくらでも的になりますから!」


 うぅ……でもさ。でも、イクスに万が一のことがあったら……。

 私は草むらの上で正座しながらも、対面で同じように正座しているイクスを窺い見る。


「で、でもさ……おまえに万が一があったら、私……」

「俺の命など、貴女様に比べたら安いものでしょう?」

「そんなことないっ‼」


 私は腰を上げ、即座に否定する。

 そんなことない。あるはずがない――それはループが始まる前から、始まってからはもっと……私にとって、イクスは大切なひとなんだから……。


 それなのに、イクスはこういう時に限って、悲しそうに笑うんだ。


「……それでしたら、お願いがあるのですが」

「なに? 私にできることなら、何だってするよ!」

「俺は少々疲れました。貴女様のお力で癒やしてはいただけませんか?」

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