いちゃラブ新婚夫婦編
第2話 城下町✕いきなり呼び捨ては反則です
「では、決行は今夜で」
決めたからには、行動は早いに限る。
準備は任せろというので、私は誘拐等を疑われないように、しっかりと置き手紙を残して。
『もう疲れました。探さないでください』
まぁ、婚約破棄された直後だしね。くどくど書かなくても、勝手に察してくれるでしょう。
そして深夜定刻、城を抜け出す。警備の隙なんて何のその。私もイクスも伊達にこの城で三年×十二回過ごしていない。勿論、服装も聖女の装束や騎士服ではなく、それぞれ町人に扮するような地味な服に着替えていた。私は髪型もぴっちりお団子に纏めている。
「今日だけは夜通し歩くことになりますが、おぶりましょうか?」
「自分で歩けるわ」
「横抱きでも構いません」
「だから自分で」
「またいつどこでバナナの皮が落ちてるかわかりませんよ⁉︎」
……ほんと、なんであの寝不足の時に限ってバナナの皮が落ちていたんだろう。いい加減忘れて欲しい。
薄暗い地下路。水滴がぽたぽたと細い足場を濡らし、確かに冒険者用のブーツを履いていても滑りかねない。でも気をつけていれば大丈夫だもの。
「とにかく大丈夫よ」
黙々と早足で歩いていると、灯りが増えていく。もうすぐ外に上がる階段があるだろう。その時だった。
「ほら、ナナリー」
手を差し出すイクスが眩しく見えた。後光を浴びて、私好みの美丈夫が無表情で手を差し出してるの――しかも私を呼び捨てにして! だって、最近はおまえはずっと私に対して敬語だったでしょう? 二人称も『貴女様』だったじゃん!
私とイクスは元はといえば幼馴染。それでイクスの方が“お兄ちゃん”でもあったから、そりゃあ昔は『ナナリー』とタメ口で呼ばれてたけど……それでも、何年ぶりですか? たまに他の騎士仲間たちに冷たいタメ口で話している姿を見るたびに、いいなぁ、と色々妄想しちゃうこともあるくらいで……それが、今! 脈絡もなく、久々に、突然に――⁉
あああああああああああああああ!
めっちゃ嬉しい! めっちゃくちゃイイッ‼
私は爆ぜる胸を押さえながら平然を装う。
「……イクス。今、なんて?」
「? 階段が濡れているから滑るぞ、と」
「そーじゃない! わ、私を、ナナリーって……」
モジモジし始めた私に、イクスは「あぁ」とようやく納得がいったみたい。
「これからは聖女をやめて一般人として生活するということでしたので、敬称や敬語は怪しまれてしまうかと……でも、急だとびっくりしますよね。配慮が足りず申し訳ございませんでした」
ねぇ、イクス……どうしてそこで口角を上げるの?
わざとなの? わざと私を揶揄って悦に浸ってるの?
でも……私もどーかしてるよ。
その顔ですら、かっこいいと思ってしまうだなんて。元よりイクスの顔はめちゃくちゃ好みなんだから。ほんと勘弁して……!
「……構わないよ。私はこれから、ただのナナリーなんだもの」
私は熱い顔を逸らして、彼の大きな手を取る。
城下に下りたのは久々だった。しかもこんな早朝の空気が清々しい時間帯なんて初めて。
だって仮にも『聖女様』だったからね……基本的には王宮と教会とたまに王城くらいしか足を運ぶことが許されなかった。実家にも全然帰ってないな。
街に出るのは巡礼で年一回各地を回る時と、魔王討伐に駆り出された時くらい。まぁ、前回の三年間は比較的大人しくしていたので、城下に下りる機会すらなく。
忙しそうな人らの目を盗んで道に出た私たち。街の人々は開店準備をしていたり、出勤前の人々にカフェオレを売ろうと呼びかけていたり。その雑踏に紛れて、城下を出る予定だ。
「それじゃあ、行きま――」
最後まで告げるよりも前に。後ろからイクスの手で口を塞がれて、耳元で言われる。
「衛兵がいます」
「えっ?」
耳やめて……! ボソボソと。くすぐったい‼
だけどそんな苦情を言う隙もないくらい、見上げたイクスの菫色の瞳は真剣だ。
「ほら、あそこの二人。私服ですが、昨晩の夜間巡回担当です。思ったより手が早かったですね……ナナリー様。こちらへ」
言うのが早いか私の手を引くのが早いか。イクスは慣れた足取りで路地の裏の方、裏の方へと進んでいく。私は唖然しながらも、声を潜めつつ口を動かした。
「ねぇ、どこへ行くの⁉」
「服を替えます。町人に紛れようと思ってましたが、もっと顔を隠しましょう。あとそれに合わせて身分証も手配し直します。予定のものは足が付いているかも知れませんので」
「そ、そんな急にできるものなの⁉」
ただでさえ、半日で服やら嘘の身分証を準備したイクスに驚いていたのに。だけど、彼は歩幅を緩めることなく振り返り、にこりと優美に微笑んだ。
「どうぞ、このイクスにお任せください。貴方様との二人だけの逃避行……何人たりとも邪魔などさせません!」
……ねぇ、イクス。なんか意気込む方向性が歪んでいる気がするのは気のせいですか? やる気は魔王討伐の時よりあるみたいだけど。
だけど彼はとっても楽しそうだから。私は黙って付いていくことする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます