婚約破棄されたおつかれ聖女はループ生活に嫌気が差したので、溺愛しすぎな護衛騎士と逃亡生活を満喫します!
ゆいレギナ
第一部 プロローグ
第1話 プロローグ✕12回目の婚約破棄
「何も聞かず僕との婚約を破棄してくれっ!」
「おつかれさまでした~」
私は婚約していたミーチェン王子の申し出をあっさり受諾して、部屋に戻る。すると、待っていた専属騎士が開口一番に訊いてきた。
「いつもと変わりありませんか?」
「うん。でもいつもループ点がこのタイミングは勘弁してほしいわ。さすがに十二回目ともなれば、なんて反応してあげるべきなのか困るの」
私は肩を竦めてから――十二回目の三年を始める前に、宣言する。
「私、聖女をやめようと思う」
「念のため、理由をお尋ねしても宜しいでしょうか?」
アルザーク王国の王城の離れの一室が、聖女であり、王子の婚約者であった私にあてがわれた部屋だ。すぐに王城内の教会に行き、いつでも聖女として祈りを捧げられるように用意された、どってことない部屋。ベッドに最低限の家具があるだけ。どれも一級品なんだと思う。でも何の面白みもない。聖女は清らかでないといけないから、世俗に触れてはならないんだって。本当つまらない。
この聖女ナナリー=ガードナー、女として見た目も悪くないはず。銀色のたおやかな髪に、碧色の目もぱっちり。食べても太りづらい体質だし、身長だって高すぎず、低すぎず。「今日も聖女様はお美しい」とよく言われるけど、全てがお世辞ではないと思う。見た目で困ったことはないし。
だから、生まれが違えばもっと楽しい人生が待っていたかもしれないのに……。一応王子殿下と婚約していたけど、それらしいことは何一つとしてなかった。政略結婚だしね。手を繋いだことすらない。
こんな半生、十一回も過ごせばもういいと思うの。
私は専属護衛を務めてくれている騎士イクスに、思い出話を始めた。
「一回目死んだ時は、魔王と対峙した時だったね」
「そうですね。護衛の俺を庇ってお亡くなりになりましたね」
恨めしそうな目を向けてくる彼はイクス=レッチェンド。れっきとした騎士の家系の嫡男だ。薄墨色の短髪。菫色の瞳。端正な顔立ちをした長身の美青年は、今年で十九歳。私より二つ年上の幼馴染だ。歴代聖女を輩出しやすい公爵家系のうちと昔から懇意にしている。
聖女は神より授けられし
「二回目は過労で死んだっけ」
「極力最前線に立たないようにした結果、雑務に追われすぎて寝る暇がありませんでしたね」
「三回目は王子との婚約にしがみついて、のんびりお姫様生活したね。暗殺されたけど」
「俺が雑務の大半を引き受けた結果、護衛が疎かになってしまったんですよね。大変申し訳ございませんでした」
「おまえは悪くない。あの王子に惚れている令嬢がいることを失念していた私のせいだよ」
たぶん、いきなり言われた婚約破棄もその辺りが関係していると思うのだけど……気にしたことはない。後始末ご苦労様、くらい? 毎度婚約破棄に関してこれ以上私に迷惑かけないでくれるから、その点だけは助かっている。王子に愛着もなかったし。
それに……もっと気になる人が、ずっと側に居てくれているから……。
「四回目はよその国に嫁ごうとしてみたのよね。デート中にやたら強い暴徒に襲われて死んじゃったけど」
「護衛なしで街を歩いたことがそもそもの誤りです。だからあれほど俺も連れてけと……」
このため息姿も様になるイクスも、私と一緒に何度も人生をループしている。たいてい私は二十歳になる直前で死んでいるので、十七歳の今からおんなじような三年を共に繰り返しているのだ。
私たちも同じ失敗をしているわけじゃない。毎度前回の三年間を反省し、試行錯誤を繰り返している。だけど、未だループ人生は終わらない。
「五回目は来年死んでしまう予定の国王陛下のご病気を治そうとしたのよね。馬鹿な王子を止めてもらおうとして。
「ただ貴女様も病がうつり、亡くなりましたが」
「六回目は特効薬を探す旅に出たっけ。でも秘薬の原料が魔族の領地にあるのは想定外だったわ」
「邪魔しようとする王子率いる王国反乱軍と、侵略と勘違いした魔族に挟まれてしっちゃかめっちゃかでしたね。七回目も再挑戦してみましたが、似たようなことになりましたし」
えぇ……あの時は悲惨だったわ。人間側を攻撃するわけにもいかないし。むしろ魔族たちの方がまだ話が通じそうだったくらい。
「八回目はいっそのこと王子を亡き者にしようとしたのに」
「まあ、普通にこちらが反逆者として始末されましたね。あの近衛とはまた一戦交えたいものです」
「九回目はいろいろ諦めて、部屋で引きこもってたんだっけ?」
「どんどん衰弱していく貴女を見ているのは辛かったです。貴女様も結局病気になりましたしね」
「十回目は二人だけだと限度があると、教育に一念発起したのよね」
「優秀に育った部下の裏切りに遭い殺されましたが」
「あれはイクスがスパルタすぎたんでしょう? まさかあの人も兄弟を人間嫌いの魔族に人質にされているとは思わなかったけど」
和平を結んでいるとはいえ、王子が魔族のことを嫌いなように、魔族でも人間が嫌いな者もいる。異種族ということを抜きにしても、全員が全員を好きになれるなんて幻想だと知った。あと、スパルタ教育が良くないことも。あの鬼教官イクスは怖かったなぁ。
まあ、様々なことを経験し――私は思い至ったのである。
疲れたなぁ、と。
「だからね、そろそろ聖女やめてもいいかなって」
「前回の十一回目が抜けてますよ。バナナの皮に足を滑らせて頭をぶつけて死んだ経緯が」
「色々思い当たること全部やってみたけど、結局どれもこれも上手くいかないし。どうせやり直すならさ、一回くらいサボってもいいのかもと思って」
「まあ、さすがにあんなアッサリ死なれたら、もう俺もどうすりゃいいのかと。ずっと貴女様をおぶって生活すればいいんですかね。お任せください。体力には自信があります」
華麗にイクスの話をスルーしつつ会話を進めたつもりだが……イクスの菫色な瞳は、とても真剣で。えっ、本気で私をずっとおんぶに抱っこで生活するつもりなの……?
私が疑惑の目を向けると、イクスは椅子に座る私に対して跪いた。
そして、そっと私の手を取る。
「この不肖イクス――貴女様のためならば、一生貴女様を抱えて生活することも厭いません。貴女様の食べる物も全て俺の手ずから作り、貴女が身につける物、触れる物も全て……あぁ、想像するだけで」
ねぇ、イクス。私の手の甲に口付けした直後に自分の唇を舐めるの、やめようね? 私のことを大切にしてくれてるのはありがたいけど……。
それがわかるからこそ、私は訊く。
「……無理して私についてこなくていいよ?」
「は?」
……その眼差し、怖いです。そんな射竦めないでください。これでも一応、私はイクスの主。でも――イクスにもイクスの人生があると思うの。
「私について来るということは、国を裏切り、家督を捨てるということ。私にそれを命令する権利はないよ。むしろイクスが私を無理やり引き止めて侮辱してきても、私はイクスを咎めや――」
「俺の命は、貴女様のものです」
それなのに、イクスは即答する。
「俺の髪の先から足の爪の先まで、全て貴女様のものです。家の名を汚すことは、地獄で反省することにしましょう。貴女様がおわす場所こそ、俺があるべき場所――そんな俺を、貴女様はお捨てになると言うのですか?」
「イクス……」
「それとも、俺のことが嫌いになりましたか?」
……そんなわけ、ないじゃない。
嫌いだったら……そもそも初めて死んだ時、イクスを守ろうと身を挺したりしないよ。
「聖女やめても、一緒に来てくれるの?」
「勿論です」
イクスは私の膝に頰を乗せて、うっそりと笑った。
「あぁ、今日はなんて良い日なんだ……ナナリー様が聖女じゃなくなる。もう、俺だけの……」
その恍惚な様子に、すこ~し嫌な予感がしないでもないんだけど――とりあえず、私の十二回目の人生は、聖女をやめてみることにした。
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