三話 森の隠れ洞窟

 俺は、レーラーたちを乗せて年中寒い地域の中でも比較的豊かな木々が生い茂っているエンテ森を歩いている。

 年中冬の様に寒いこの地域で殊更寒くなる極冬に豪雪が降るためか、木々が纏う葉は帽子だけだ。足から首までは殆ど葉という服を纏っていない。

 

俺はそんな木々の間を器用にすり抜ける。低い木々や草木が生い茂る森を何度も抜けた俺にとっては、木々が俺を避けるかのように移動することが可能なのだ。

 というか、まぁ、それ以上にレーラーがもつ祝福ギフトも影響しているのだが。


『なぁ、こっち側でいいのか?』

『問題ないよ。そのまま二時の方向に四分、十時に一分、その後六時に四分進んでいけばいい』


 二日酔いで顔を真っ青にしているライゼに寄りかかられながら、レーラーは俺の頭を少しだけ撫でて言った。

 レーラーって指示出すときに撫でる癖があるんだよな。たぶん、乗馬の癖だと思うんだが。


『何で始めから、五時に三分じゃねぇんだ?』


 ……五時に三分だよな。計算間違ってないよな。

 あれ?


『四時に三分だよ。ライゼに数学教えてるのに、何でヘルメスが間違えてるの?』


 ……間違ってた。

 恥ずかしい。


『ぅん、何のことだ。俺は最初から四時に三分って言ったと思うぞ』

『……はぁ、まぁいいや。それで理由だね。……ヘルメスが間違えた事もあるし、言葉で説明するよりも体験してもらった方がいいかな』

『……俺は間違ってないぞ』


 間違っていないと言ったら間違っていないのだ。

 うん。そうに違いない。


『それはいいよ』


 レーラーは呆れたように溜息を吐いた。

 うん、まぁ、呆れられるよね。


 ……何か、少しだけ恥ずかしいが、その感情に任せて移動する速度を上げるわけにもいかないので、平静を俺の心の裡に指示しながら進んでいく。

 すると、十時の方向に方向転換したとき、明らかに変わった。


『あ?』

「レーラー師匠、魔力の流れが……」


 そして二日酔いで駄目駄目になりながらも、流石に周囲の警戒を怠ってはいなかったライゼが顔を上げる。

 レーラーは俺達の呟きに頷く。


「ここは草月葬が採れるって言ったでしょ。草月葬は空気中の魔力に作用する効果がある」

「……もしかして、体感的な魔力認識の阻害があるの?」


 ライゼはレーラーのその言葉と、魔力自体の流れや密度から理解する。


「私が渡した魔法学書は読んでいるようだね」

「うん」


 俺は読んでいないので、詳しくは分からない。だが、ライゼの言葉と俺自身が感じる魔力で何となくわかった。


『なるほどな。魔力の流れに沿った移動しないと、認識が狂って洞窟に辿り着けないのか』

「そうだよ。だから、よろしく」

『ああ、分かった』



 Φ



 そうして、歩き続ける事、十分程度。

 目的の場所に辿り着いた。


『……草月葬による魔力的な認識阻害が無くてもこれには気が付かないぞ』


 俺達の目の前には、少しだけ盛り上がった土と、エンテ森ではよく見る大きな岩がある。周囲に木々が生えているため、また、あまり違和感はない。

 少しだけ風に流れと風と共に流れてくる匂いが若干違うだけだ。寒いのもあるし、所々で雪や氷の匂いが混じっているため、ここに洞窟があると分かっていなければ見逃してしまうほどの、違いだ。


 俺はレーラーとライゼを乗せたまま、少しだけ盛り上がった土の方へ行く。

 それから何のためらいもなくその土の上に登り、そして大きな岩の方へ滑る様に盛り上がった土を降りる。


 すると、岩の下に窪みがあり、そこに頭を突っ込んだ後、後向きに歩く。

 さすれば、盛り上がった土に突っ込むかと思われるが、しかし、すり抜ける。盛り上がった土自体に幻術が施されていたのだ。

 たぶん、コーレアクス系統の魔物の仕業だろう。


「暗い」


 洞窟に入るために、俺にしがみつく様に背を低くしていたレーラーとライゼが突然現れた暗闇に溜息を吐く。

 ここは洞窟内なのだ。


「はい、これ」


 ただ、レーラーはこんな光が届かない暗闇の洞窟をハッキリと見えているらしい。懐から何かを出した後、ライゼに渡した。

 ライゼはそれを受け取った後、装備する。


「もう少し、見た目がマシな奴ないの?」

「ないね」


 レーラーがそういった瞬間、ライゼの目の周りが虹色に光った。子供のおもちゃのようにピカピカ光ったのだ。


「レーラー師匠のセンスって……」

『諦めろ』


 それは光る眼鏡である。

 どぎつい黄色に虹色に発光する、暗視魔道具が組み込まれている眼鏡である。


「……レーラー師匠。こんな眼鏡を着けるなら、普通に〝暗闇を見通す魔法ナッツゥイスゥ〟を使いたいんだけど」


 ライゼは一週間前から魔法の使用を禁じられている。魔道具の使用はレーラーが許可したときだけ可能だ。

 魔法の力を使わずに魔法と同等のことを起こせることを実感してもらうためだと言っていたが、たぶん本当の意図は違うところにあるんだろう。


 だが、珍しくレーラーがライゼに本意を教えなかったため、ライゼは何かあるのだろうと思って粛々と従っている。

 ただ、ライゼの耳が若干赤くなっているのが分かる。流石に師匠の命とはいえ、こんなおかしな眼鏡をつけたくないのだろう。


 というか、俺が作ればいいじゃないか。


「駄目だ。それとヘルメスも作っちゃだめだよ」

「……分かったよ」

『へい』


 ライゼがピカピカと虹色に光らせる洞窟を、俺は投げやりに返事をして進んだ。

 ライゼはずっと恥ずかしそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る