二話 酒は飲んでも飲まれるな

「うぇ、気持ち悪い」

『吐くなよ』


 ライゼは俺の背中の上で真っ青になりながら、口元を抑えている。

 幾ら俺がライゼの家族だからとはいえ、二日酔いで背中に吐かれるのは嫌だ。心が弱った時とか、熱の時なら問題ないが。


「全く、お酒なんてまだ飲み慣れてないのにあんなに飲むからだよ。解毒は駄目だからね。罰だよ」

「……したくても、解毒は神官の特許だから、できないよ」


 いや、たぶんレーラーは解毒できると思うんだが。

 それで駄目だと言っていると思うんだけど。


 と、思ったのだが。


「何言ってるの? 前に話したじゃん。その首についてる印について」

「うぇっぷ。……ああ、トレーネさんが刻んでいった」


 真っ青のライゼは首の後を少しだけ触る。

 そこには、羽が描かれた変な刻印が刻まれていた。


「うん。それ、聖母の加護系だって言ったでしょ。流石に、聖典を持ってる私でも詳しい魔法は分からないけど」


 女神教の神官などが使う神聖魔法は、女神の魔法だ。

 根本的な原理が理解不明で、レーラーの魔法知識と技術をもってしても、また聖典という魔導書を持っていても、レーラーは神聖魔法をあまり使えない。


 神聖魔法は、女神の洗礼を受けた者しか使えず、その洗礼を受けていないレーラーが少しでも神聖魔法を使えること自体不思議なのだが。

 まぁ、そんなおかしなレーラーは放っておいて、神聖魔法には加護系という魔法があるらしい。


 イメージ通りの加護だ。神様からの加護みたいなものである。


「それで、その刻印を少しだけ調べたら主に回復系の加護が主でね」


 ライゼはその首の後に刻まれた刻印によって、少量の魔力で傷を治したりする事ができるようになった。

 致命傷すら時間を掛ければ問題なく治癒し、また、ボロボロだったライゼの身体も快調に向かっている。

 

 レーラーは無理やり解析して、表面部分だけは分かったらしい。そしてそれによると王級程度の神聖魔法じゃないかと言っていた。

 王級というのは、魔法の階級で上から二番目、人類が扱える魔法の中で最も上位に属する魔法だ。


 トレーネはそれをライゼに使ったらしい。

 才能があるとかというレベルではないのだ。


「……あれって傷とかだけじゃないの?」

「いや、毒とか病気とかも可能だよ。それに、たぶん、一回きりだと思うけど死すら免れると思う。まぁ、加護の期限がいつまでかは分からないけど」


 そんな凄すぎる魔法も期限がある。

 というか、期限がなかったた王級程度で収まらない。


「……レーラー師匠、死を免れるとか、病気が治るとかは聞いてないんだけど。あと、期限も」

「あれ、そうだっけ」

『ああ、確かにライゼには言ってなかったぞ。俺には説明してたが』


 俺は首を傾げながら歩くレーラーに言う。

 確か、ライゼが昼食の山菜を取りに出ていった時に話した内容である。


「……じゃあ、今言った。それでいいね、ライゼ」

「……まぁいいけど。それで二日酔いは治しちゃダメなんだよね」

「うん。竜人すらも酒で寝首を掻かれる。ライゼはお酒を飲む機会が少なかったし、覚えておきな。若い内にそれを知っておけば、適量でお酒が飲めるようになる」


 ……ライゼはもうお酒を飲む年なんだよな。

 まぁ、あまりの酒飲みにならないように俺が気を付けないとな。


「……いや、こんなに気持ち悪くなるなら、お酒何て飲まないよ」

「それ、一ヶ月後に言ってなきゃいいけど」


 レーラーは決意を秘めたライゼを冷ややかな半眼で見る。

 たぶん、そう言ってお酒を飲んだ人をよく見たのだろう。


 俺も、前世ではそういった新人を見てきた。

 そしてなんだかんだ言って酒に溺れていくのだ。


 やっぱり、見張っておかないとな。


「何言ってるの、レーラー師匠。僕がそんな事するわけないよ」

「……まぁいいや。それより、朝見せてもらった地図は覚えてるよね」


 朝見せて貰った地図とは、キャラバンの行商人が持っていた冒険者ギルドが発行している最新版の地図である。

 魔人の影響によって閉鎖された街道などが事細かに記載されており、また、迂回路も示されている。


 今、ウォーリアズ王国は少しだけパニックなのだ。

 魔人の集団が現れたから。


「うん、まぁ。けど、ナゲール街道の先は封鎖されているけど、このまま進んでいいの? 迂回した方がいいと思うんだけど」


 だけど、俺達はそれに構っている余裕はあまりない。

 

「ベターラー盆地に早く到着したいからね。裏道を使うよ。この先にあるんだ」

「裏道? ……それって今はあるの?」


 レーラーの言う裏道はあまり信用ならない。

 長く生き過ぎていて、その裏道だって崩れている可能性が高いのだ。


「あるよ。……コーレアクスがいたはずだからあるはずだよ」

「裏道って洞窟の事? なら、確かにありそうだけど」


 コーレアクスとは蟻型の魔物で、主に洞窟で暮らしている。

 そしてコーレアクスがいる洞窟は崩れる事がない。コーレアクスが精一杯手入れしているからだ。


 けど。


「コーレアクスが残ってるの? 石炭がとれるから、潰されてるんじゃ」

「いや、そもそもその洞窟を見つけるのが大変だ。私だってエルピスの悪癖が無ければ知らなかった」

「先生の悪癖?」

「うん。エルピスは一度通る森や平原を隅々まで探す癖があるんだよ。地図を埋め尽くさないと気が済まないと」


 それは分かる。

 マップで空白部分があると気になるもんな。俺もよくゲームでマップ探索は凝ったし。


「へぇ」

「だから、あると思うよ」

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