エピローグ Footprints――b
それでその途中でこの村に寄ったんだ。六十五、いや八年前くらいかな? 詳しい年代は覚えてないや。
けど、夏だったのは覚えてる。。唯一ここら一体が温かくなる季節にこの村に寄ったんだよ。何処を見渡しても雪がなかった筈だから。
そして、村長に泣きながらとある依頼をされてね。
いや、村長だけじゃなくて、この町の老人衆皆だね。年老いた爺さんたちがウルウルと涙を浮かべて、土下座している姿は気持ち悪かったよ。
で、何の依頼かといえばこれまた馬鹿らしくてさ。
爺さんたちが大層可愛がっていた村長の孫娘が他の村に嫁いだらしくてね。
あ、そういえば今思い出したけど、七十年前も、四十年前もこの村の子供は少なった。そりゃあ、滅びるわけだ。
と、そんな事は置いといて、その村長の孫娘が、嫁ぐ際に感謝の意を込めてとある耳飾りを贈ったんだよ。
一つだけ。
十人近くいた老人衆にたった一つだよ。
ワザとなのかどうなのかは知らないけど、娘さん、酷いよね。
うん?
作る時間がなかった? いや、それはなかったんじゃないかな。
両親や親友、後は老人は老人でも老婆の方ね、そっちには色々と贈ったりしてたから、それはないと思うんだ。
まぁ、でだ。
よぼよぼの爺さんたちはそのたった一つの首飾りを取り合ったんだよ。雪が降り積もっている時期に。
村の青年たちに聞いたところ、それはそれは醜かったらしいよ。
で、結局、その争いの最中にどういうわけか、その耳飾りが紛失してね。
雪の中に埋もれたらしいんだ。
うん、そうだよ。
夏になって雪がなくなっても見つからなくて、というよりは腰が悪くて探すことすらできなかったんだけど、爺さんたちはその耳飾りを探してくれって依頼してきたんだよ。
正直、私はやめようと言ったんだ。
見つけたところで、首飾りは一つしかないから結局争う事になるだろうしね。
だけど、無口でいつも依頼には口を出さないフリーエンがさ、珍しく積極的に依頼を受けるって言ってね。
まぁ、エルピスも依頼を受けるつもりだったから、結局無駄にイケメンな若い青年と自分の二倍以上の大太刀を背負った質実剛健の老人が腰を屈めて、足元まで伸びる草に手を突っ込んで日夜探し回ってたわけさ。
それで一週間くらい這いずり回った後、村長の家の裏側で耳飾りを見つけたんだ。
それからエルピスとフリーエンが男しか理解できなさそうなウザい話を爺さんたちに聞かせてさ。
そして爺さんたちはその話に感動したのか、争いをやめてその耳飾りを崇めることにしたんだ。
はぁ、全くわけがわからなかったよ。
まぁ、どうでもいいけど、それでエルピスは報酬に銅像を作ってもらって、フリーエンは小さな絵を描いてもらってたよ。
銅像はあったけど、絵はなかった。たぶん、朽ちたんだろうね。
ね、大して面白くないでしょ。
うん? 私?
私は依頼を受けなかったよ。丁度この場所でずっと二人が泥臭く這いずり回っている姿を見下ろしてただけ。
もちろん、〝
私は手伝わなかったんだよ。
それだけだよ。
本当にそれだけ。
まぁ、探す時間よりも爺さんたちを説得したり、銅像を作ってもらったり、絵を描いてもらった時間の方が長かったのは余談だし、そっちでも面白い事はいっぱいあったんだけど、与太話だからね。
Φ
「ねぇ、何で先生やフリーエンさんは報酬を銅像や絵にしたの?」
「……さぁね。ただ、二人とも銅像やら絵を世界中に残しているから、飽きないなとは思うよ。少なくともこの旅には都合がいい」
「ふーん」
たぶん、だからだろう。
老人はどうだったかは知らないが、フリーエンは竜人であり、
個体数も少ないと聞く。
だからこそ、長生きだったからこそ、忘れられる孤独を知っているのだろう。
そして、自分しか誰かを覚えていない寂しさも。伝説だっていずれは忘れ去られてしまう。忘れ去られなくても、改変され事実とは似て非なるものになるだろう。
自分しか事実を知らないというのは寂しいものだ。共有できないんだ。
もしかしたら、その過去はなかったことかもしれないと疑ってしまうかもしれない。それは悲しいんだ。
俺だって、
蜥蜴になったのもあるが、記憶という自我を形成するものは脆い。本当に脆くて、それが崩れたとき、とても悲しいんだ。
寂しさを、悲しさを埋めるためなのではないかと思った。
レーラーの呆れた、けれどどこか嬉しそうな表情を見て思った。
そしてライゼが如何感じ取ったのかは分からないが、けれど、レーラーに微笑んだ。優しく温かい微笑みだった。
レーラーはキョトンと首を傾げていた。
「レーラー師匠、勿体ぶらずにその与太話も教えてくれると嬉しんだけど」
そんなレーラーにライゼは言う。
知りたいし、分かりたいし、紡ぎたいんだ。レーラーしか知らない事を知って、誰かに伝えたいんだ。
たぶん。
「……今日はもう遅いから、明日」
レーラーはそれが分かっているのかいないのか、嬉しそうに頬を少しだけ緩めたが、西に輝く紅い星を見て、そういった。
確かに、もう夜中だ。
「……分かった。じゃあ、移動中に聞かせてね」
「いいよ」
そして俺達は屋根から飛び降り、教会の中で寝た。
温かな毛布を羽織った二人は心地よさそうだった。
けれど、俺は眠ることができなかった。
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