三話 語り

『いないね』


 廃村の中央である銅像の前に戻ってきた。

 三日月は沈み、とても寒くなってきた。ライゼが吐く息は白く彩られていて、闇に溶けていた。


『ああ』


 そんなライゼに俺は少しだけ尻尾を左右に動かしながら頷く。

 寒い。やっぱり、防寒用の魔道具を身に着けているとはいえ、寒い。


 そんな寒さに耐えながら村を一周して見て回ったが、レーラーの気配を捉える事はできなかった。

 草が踏まれた後もなく、また、匂いもない。魔力も感じない。


 と。思ったのだが。


『あ』

『どうしたの、ヘルメス?』


 寒さのあまり、温かな飲み物と毛布があるであろう小さな教会を見たとき、俺の“熱視”が捉えた。

 教会の屋根の上で夜空を見上げているレーラーを捉えた。


『鼠の穴は玄関下だな』

『ん? ……あ』


 溜息と共に呆れながらライゼにも分かりやすく、顔を教会の上へと向ける。

 ライゼは最初はその行動を不思議がったが、しかし、俺の視線の先を追い、発見したらしい。


 ライゼの“魔力感知”は視認範囲であるならば、ほんの僅かな魔力の流れさえ、精度高く捉える事ができる。

 それはほぼ無に等しい砂粒ほどの放出魔力を捉えられるほどである。


 魔法学園に入ってから今日まででライゼの“魔力感知”能力はとても高くなったのだ。それこそ、レーラーが絶賛するほどには。

 魔力をあまりもたないライゼだからこその才能である。


『どうする?』

『……あの様子だと、こっちに気が付いているっぽいな』

『そうだね』


 ということで、俺は“身大変化”で体を小さくし、ライゼの肩に跳び乗る。

 ライゼは身体強化によって脚力を中心に強化をしていき、そして走り込んで跳ぶ。ただ、一回の跳びでは流石に屋根には届かず、空中で〝防御する魔法ファタエディドゥ〟を足元に出して二段階ジャンプをする。


 スタッと音もなく飛び降りた。

 体が小さくしなやかな筋肉が身を覆っていたとしても軽いライゼだ。ある程度の身のこなしなどを身につけたため、体操選手もびっくりなほどの軽業ができるようになっていた。


 訓練の賜物である。


「……遅かったね」


 そんなライゼの右隣にいたレーラーは、チラリとライゼに翡翠の瞳を向けた後、やや無関心の様な声音で言った。

 ただ、無関心なわけではなくデフォルメだ。


「星を見てたの?」


 ライゼはそんなレーラーの隣に座った。また、夜空を見上げた。

 俺はライゼの肩から飛び降り、“身大変化”で体を少しだけ大きくして、二人の足元に移動する。


「ライゼとヘルメスが私を探し戸惑ってるところを見てた」

「面白かった?」

「懐かしいと思った」


 淡々と言葉が交わされる。

 二人とも相手を揶揄おうとしているわけではなく、言葉が足らないのだろう。俺もだが。


「レーラー師匠を探し回っている姿が誰かに似ていたの?」

「……対象は私じゃなかったけど」


 レーラーは翡翠の瞳を不明瞭に遠くへと向けた。

 ライゼはそれをチラリと見た後、同じく遠くを見た。確かな現実ではなく、不確かで曖昧模糊な想像を想い、そしてまた、小さく息を吸った。


「聞いてもいい?」

「……大した話じゃないよ。それこそ、銅像が立てられるほどの話じゃない」

「うん、それでも聞きたいんだよ。先生がこの村で何をしたのか。何で銅像があるのか」

「そう、なら、少し長くなるね」


 話すのが苦手な口下手のレーラーは腕を一振りした。

 そうすれば、温かな炎が俺達の前に現れる。


 冷たい風を遮ったりはしない。

 冬の澄んだ冷たい夜の風こそ、過去話には、思い出を語るには丁度いいからだ。

 何もかもを冷たさの中に溶かし、されど、胸の裡だけ温かく感じるからだ。



 Φ



 あれは、ルストが女の尻を追いかけて一時的にパーティーを離脱した時だった。

 エルピスは幼馴染の勘なのか分からないが、ルストがどっちに行ったのか分かっていてね。


 それでちょうど、ナファレン王国の西側で仲間にしたフリーエンと親交を深めるために、ルストがいる場所を目指しながらゆっくりと旅をしていたんだ。

 

 ん?

 フリーエンの見た目?


 ……フリーエンは知っての通り竜人だよ。鈍器といって差支えないほどの斬れない大太刀をぶん回す爺さんさ。

 私と同じく後で結んだ長い白髪に地味な赤錆の瞳だった。


 うん、そうだよ。

 今、向かっているのはそのフリーエンがいる場所だよ。


 あいつ、寿命が残り八十年かそこらでエルピスに魔王討伐に誘われてね。まぁ、隠居していたところをエルピスが口説き落としたと言った方がいいかな。

 まぁ、私も同じような感じだったし、何とも言えないけど。


 と、そんな事があってフリーエンの実力や性格、癖などを知るために色々と依頼を受けていたんだ。ルストの足取りを追って。


 うん。まぁ、私とフリーエンはルストの事は放っておけと行ったんだけどね。

 ルストはいい腕の盗賊でね。情報収集に感知能力、罠の見分け、その他諸々の雑用がとても得意だったらね。


 それにエルピスの幼馴染だったから、まぁ、仕方なく追っていたんだよ。

 まぁ、そのおかげでいい旅ができたしいいんだけどさ。

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