第二部 四章:つい青い芝生が目の前にあって

プロローグ In Pursuit Of The Answer――a

 朝日が昇る前。

 澄み切り、冷え切った夜空には満点の星々や半月が浮かび、氷の大地を淡く照らしている。


 そんな氷の大地の上で、真っ白なシスター服に身を包み、巨大な黒の金棒を背負った褐色の岩人ドワーフの少女が、寝息を立てているライゼの前で片膝をつき、祈り手を胸の前で結んでいる。

 ……やはり、その祈る姿を、もしくは戦う姿を知らなければ普通の少女だ。


 けれど、冷たい風が吹き、たなびく夜天の長い黒髪はとても美しい。

 雰囲気が美しくしているのだ。


「ライゼ様。私には理解できません。自らの命すらも修行の道具として粗末に扱う理由が理解できません。どのような夢が、目標があれ、女神さまから頂いた己の命は大事にすべきです」


 閉じていた瞼がゆっくりと開き、穢れなき慈愛に満ちた黄金の瞳がそっと顔を覗かせている。

 だが、黄金の瞳は慈愛以外の色を写し始める。


「レーラー様が斯様な修行を課しても、粛々と、いえ、自ら行っている理由がわかりません。ライゼ様があそこまで傷ついていたにもかかわらず、助けなかったレーラー様を何故貴方様は信じているのでしょうか」


 嫉妬か。いや、羨望か。

 少なくともそんな声音が感じた。


 ……ライゼはレーラーを信じているのだろうか。俺にはそれが分からない。

 けど、少なくともライゼはレーラーを仲間だと想っていて、師匠だと思っているはずだ。そして、師匠は弟子を守る存在らしいし。


 いざとなったら守ってくれると思っているのかもしれない。

 それが信頼か、甘えか、依存かは置いといて、それでもたぶん、健全なものだと俺は思っている。


 というか、そうでなくては俺が困る。


「レーラー様はライゼ様を冷たいまなこで見ていました。私にはそれしか分かりません。けれど、ライゼ様はその冷たいまなこに笑顔で応えていました。そこには愛がありました」


 ……純真な彼女の瞳にそう映ったなら、嬉しいだろう。

 レーラーもライゼも不器用すぎるからな。まぁ、レーラーの不器用というか、無表情さは群を抜いていることは分かった。


 あれでも優しい瞳だったと思うんだが、初対面の人からみれば冷たい瞳にしか映らないのか。

 まぁ、しょうがない。


「そもそも、何故子鬼人があそこまで戦えているのでしょうか。何故、あれほど傷ついても動けるのでしょうか。何故、そこまで少ない魔力で私に魔法使いと名乗ったのでしょうか」


 未だに祈り手を止めない彼女は、しかし、困惑と小さな怒りが混じった声を吐き捨てている。

 悔しいのか、何なのか。


「戦う事は怖いです。子鬼人であるライゼ様ならば死ぬ可能性はとても高いです。それなのに、何故旅をしているのでしょうか。しかも、レーラー様は何故、貴方様を連れまわしているのでしょうか」


 というか、魔法のスペシャリストである森人エルフ――彼女はそう認識している――が、子鬼人という種族自体に魔法の才能がないライゼを弟子にとっている事自体不思議なのだろう。

 そして睡眠時間が少なく済み、食事の少なく済む特性から、あらゆる生産奴隷として価値が高い子鬼人を世界で連れまわしていることが不思議なのだろう。


 この世界は冒険者ギルドによって違法奴隷を禁止されてるが、正式な奴隷は禁止されていない。

 そして、正式な奴隷であっても違法奴隷のように働かせることも、もしくは違法奴隷のような契約を結ばされる事がある。


 主に種族を理由に。


「けれど、ライゼ様の瞳はとても強く堅く、他人である私の言葉など意味がないと思います」


 そして、彼女の黄金の瞳に、慈愛以外の感情が消えた。

 区切りをつけたのか、何なのか。


「ですので、これだけはさせてください。――〝聖母の盾リービシュトゥ〟」


 寝ているライゼの周りに美しい夜空の光が降り注ぐ。

 そして優しく大地に水が吸われるように、消えていった。


「昨日の夕餉は美味しかったです。……では、私はこれで失礼いたします」


 彼女は祈り手を解き、立ち上がる。持っていた大きな革袋を背負っている黒金棒の邪魔にならないように肩にかける。

 そして、その場を去っていった。

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