お気楽タイムリーパー

ソラハネ

第1話

 明日、世界は終わる。


 何回目の終わりかは、わからない。いい加減、数えるのも面倒だ。確か、千回を超えたあたりから数えるのをやめたんだったか。


 この世界に、十一月以降はない。十月三十一日に、世界が終わるからだ。あたしは、それを何度も何度も見て来た。同じだけ、止めようともして来た。けど、一度も成功していない。そもそもどうしろって話だよね、地球目掛けて突っ込んで来る隕石を回避するとか。普通の女子高生に求める事じゃなさ過ぎでしょ。


 学校の屋上でただ一人、空を見ながら静かに愚痴る。空は燃えるような真っ赤な色で、誰もいない世界を照らしていた。既にみんな避難しているのだが、学校に避難したところで何が変わるって言うんだろうか。どう考えても学校が隕石に勝てるわけがない。


「あーもー、どっすかなーホント……」


 何回も繰り返したけれど、糸口すら見つからない。色々やってはみたけど、まずそこら辺の女子高生の言う事を信じてくれる人がいない。世界を救う為にタイムリープをしているとたくさんの人に言った事もあったけど、『この非常時にふざけるな!』って怒鳴られて終わった。一人として、あたしの言う事を信じた人はいなかった。まあ、逆の立場だったらあたしも『可哀想に、非常事態であたおかになったか』くらいに思っただろうし。


 ていうかムカつくのはあたしの言い分は何一つ受け入れられないのにどっかの誰かが言い出した『終末のハロウィン』だなんて厨二臭い呼び方は定着した事だ。名前とか考えてる場合じゃねえだろ、もっと有益な事考えろや。


 何億回目かもわからないため息を吐いていると、不意にガチャリと音がした。


「あれ? 開いてる……」


 不思議そうな声と共にやって来たのは、いかにも真面目です! って感じの三つ編み眼鏡だった。スカートも折らず化粧っけもゼロな、今時どこにいるんだよってツッコミたくなるような女子だ。確か、同じクラスだった、ような……いっつも本読むか寝てるかの記憶しかなくて、名前が浮かばない。


 誰だっけと思いながらその女子を見ていると、向こうもあたしに気付いたみたいで目を丸くした。


「なんでこんなところに……?」


「いやこっちのセリフだわ」


 普通、もうすぐ隕石が落ちるって時に屋上なんか来る? 一番危ないところじゃない? しかも、こんな真面目ちゃんがなんの用だっての。


 考える時間を邪魔されなくてガンを飛ばしてみたのだが、まさかの効果皆無だった。一ミリも意に介すことなく、しれっと適当な場所に座る。


「ちょっと、邪魔なんだけど」


 面倒になって苛立ち全開で言ってみるも、向こうは一瞬こっちに目を向けただけだった。


「邪魔って、ここ別にあなたの場所じゃないでしょ。公共施設なんだから」


「そりゃそうだけど、普通先客がいるってわかったら帰るだろ」


「ああ、お構いなく」


「あたしが構うんだけど!?」


 なんなのこいつ!! 会話にならねえんだけど!!


 どうやって追い払おうか考えるも、なんかそれすら面倒になって来た。


「あーもう、あたしがどっか行くわ!! ついて来んなよ!!」


 そう言い捨てて立ち上がろうとすると、想定外の返事があった。


「行かない行かない。つーか、私これからここを動くつもりないし?」


「……は?」


 意味がわからず振り返れば、いつの間にか床にレジャーシートを敷き毛布に包まる奴の姿が見えた。


 あと半日程で、隕石が落ちる。隕石は上から来るのだから、高いところにいた方が危険なはずだ。まあ、地下シェルターにいようと地球ごとぶっ壊れれば無意味だからどこにいようと誤差でしかないのだが。だとしても、普通の神経をしていればなるべく離れようとするものじゃないだろうか。それをどうして。


 そいつの行動理由が読めずポカンとしていると、今度は懐から大きな魔法瓶を取り出していた。何かしら頬張っているのも合わせて、まるでピクニックでもしているかのようだ。


「あんた、何やってんの?」


 予想外の光景に思わず訊くと、どことなく眠そうな声で返事があった。


「ん-? なんつーか……ちょっと気になる事があってさぁ。それを確かめたくて」


「気になる事?」


「あー……」


 そこで困ったように頭を掻くと、言った。天気予報でも確かめるような調子で、アッサリと。


「『前々回』と『前回』で、隕石の落ちた方向が違った気がしたから確かめようと思って。つっても、わからんだろうけど」


 言うだけ無駄だろうとでも言いたげだったが、あたしにとっては青天の霹靂だ。もしも、今のが聞き間違いじゃないなら。


「前々回に前回って、まさかあんたも……!?」


 驚き過ぎて主語のない質問になっていたが、それでも向こうも正確に理解したらしい。みるみるうちに眼鏡の奥の瞳を驚愕に染めると、あたしの事をジッと見つめた。


「まあ、私だけって方が不自然だから他にいるかもとは思ってたけど、こんな近くとは……近く……だよね? えぇと、同じクラス……?」


 眉間にシワを寄せて唸るも、どうやら記憶の中にあたしの名前はなかったらしい。あたしも同じようにこいつの名前が出て来ないので、お互い様だ。強いて言うなら席順的にあたしより五十音順が後ろ、というくらいしか思い出せない。


「あたしは里中蘭(さとなからん)。そっちは?」


「葉山璃雨(はやまりう)」


 とりあえずの自己紹介を終えると、葉山が隣を指さす。それが座れって事だとわかったので、促されるままに隣に座る。レジャーシートはかなり広いので、あたしが座っても全然余裕だ。なんなら横になる事も出来るだろう。


 あたしが隣に座ると、葉山は紙コップを差し出して来た。中身は色からして、ホットコーヒーだろう。というかさっきから、色々どこから出して来るんだマジで。スティックシュガーとミルクまであるとか用意良過ぎだろ。


 内心ツッコミの嵐だったけど、今は話す方が大事なのでありがたく受け取る。コーヒーを啜ると、それを待っていたかのように葉山が口を開いた。


「そいで、そっちがここにいた理由は? 同じく隕石観察?」


「いや、そういうんじゃなくて……単に、手詰まりでさ」


 正直に話すと、葉山はキョトンとしていた。悪く言えば、何言ってんだこいつ、って目だった。


「手詰まり……になる程、なんかする余裕あったっけ? まだ『四回目』じゃん?」


「は……?」


 『四回目』? いやいやいやいや、どういう事? たった四回なわけないじゃない。


 何を言っているんだとあたしが怒鳴りつける寸前に、葉山はどこか納得したように頷いた。


「あー……なるほど、私と里中さんでタイムリープしてる回数が違うのか。となると、タイムリープが能力だとした場合私はその能力が弱いとか、逆に里中さんが強力とか……あとは私と里中さんでタイムリープ出来る条件が違うとかかな? もしくは私がタイムリープ出来る世界線に里中さんがやって来た場合とか……うーん、情報が足りないなぁ……」


 ブツブツと呟くその姿は、どこか生き生きとしていた。ぶっちゃけて言えば、楽しそうだった。それが、無性に癇に障る。


 なんでこいつはこの状況を楽しめるんだ。成功しない限り、みんな死ぬんだぞ? あたしだけじゃない。世界中のみんなが、家族が、友達が、全員死ぬ。なのに、どうしてこいつはこんなに楽しそうなの!? 意味わかんない!!


「なんでそんな楽しそうに出来るの!? あんた、今の状況わかってないでしょ!? あたしらがどうにかしなかったら、世界が滅ぶんだよ!? みんな死ぬんだよ!?」


 今度こそ怒鳴りつけると、葉山は何を考えているのか全然わからない透明な目であたしを見た。


「状況自体は理解してるよ。世界が滅ぶかどうかの瀬戸際だってのも」


「だったら!!」


「でも、私達がどうこうしなくちゃいけないかはどうかはわからないよ」


「は……?」


 いったい、何を言っているんだこいつは。やっぱあたおかなのか。時間を遡れるあたし達がどうにかしなかったら、世界は滅ぶに決まっているじゃないか。


 あまりに理解不能な事を言われあたしが固まるなかで、葉山はなんて事のないかのように告げた。


「世界をどうこうだなんて、一人や二人で背負うもんじゃないでしょ。例え時間を遡れるのが里中さんだけだとしても、それをどうにかしなきゃいけないかどうかは別問題じゃない? それに実際、時間を遡れるのは里中さんだけじゃないってわかったんだし。放っておけば、そのうちどうにかしてくれる人がタイムリープ能力に目覚めるかもしれないじゃん? そうしたらその人に任せればいいんだよ」


「そ……そんなん無責任にも程が……!!」


 そうだ、無責任だ。こんな力を与えられた以上、隕石を止めて世界が滅ばないようにするのがあたしの使命なわけで……!!


「別に里中さんが世界を滅ぼそうってわけじゃないのに、責任も何もないじゃん。そもそも一人で世界どうこうとか無理ゲーだから。それにタイムリープ出来る以外になんか超能力に目覚めたとか、そういうわけでもないんでしょ? ならきっと、やらなきゃいけない事があるとしたら最後までしっかり見届ける、だよ。だって、見る以外の力はないんだからさ。それ以上求める方が間違ってるんだって」


 何も気負う事なく、慰めるでも適当な事を言うでもなく、それが本心から出た言葉だというのがなぜかわかる。それは、きっと。そう言った彼女がとても優しい目をしていたから。あたしが無力なのはあたしのせいじゃないって、そう言いたいのがわかったから。


「出来ないのは悪い事じゃないよ。だいぶグッタリしてるとこを見るに、何もしなかったわけじゃないんでしょ? じゃあもう、自分にはどうしようも出来ません、誰か出来る人が頑張ってくださいって開き直っちゃえばいいんだよ」


「……誰もどうにも出来なかったら、みんな死ぬのに?」


「誰もどうにも出来ない事を、一介の女子高生に押し付けるなっつー話よ。自分からやるって言ったわけでもないのに、責められたって知ったこっちゃなくね?」


 おどけるように肩を竦めると、思い出したように手に持ったままだったコーヒーを啜った。飲んだ瞬間顔をしかめて、うげ苦ぁ、と呟いているところを見ると、話に夢中で砂糖を入れ忘れたようだ。その姿を見ていたら、なんだかどっと力が抜けた。


 タイムリープ出来るという事に気付いてからずっと、あたしがどうにかしなくちゃと思っていた。色々試しても、あたし以外にタイムリープしている人は見つからなくて。だからこの世界の命運は、あたしにかかっていると思った。あたしが諦めたら、全人類が死ぬ。そう思って、ずっとずっとずっと、頑張って来たのだ。


 でも、初めてそうじゃないって言ってくれる人がいた。もし何も出来なくても、あたしのせいじゃないって。


 そう思う事は出来たけど、だからと言って完全に放り出す事も出来ない。だってそれは、やっぱりみんな死ぬって事だから。たった今、死んで欲しくない人が一人増えてしまったのだから尚更だ。


「……あんた、そんな見た目なのにぜんっぜん真面目じゃないんだね」


 どこの世界に頑張らずに他人に丸投げしろという真面目な人がいると言うのだ。だからと言って、不真面目というわけでもないのがなんか釈然としない。


 呆れ返ったあたしの言葉に、葉山はイタズラが成功した子供みたいにニヤリと笑った。


「そりゃそうよ。これは優等生のコスプレしてるだけで、真面目だからやってるわじゃないもん。この格好してると相手が勝手に真面目だと思ってくれるから、先生とかに用事頼まれても神妙な顔して『すみません、今はちょっと……』って言うだけで他の人探してくれるし楽なのよ」


「おいマジか……」


 人は見た目によらないと言うか、完全に外見詐欺だわ。意図的にやってるところがタチ悪い。


 なんか変なやつと知り合っちゃったなぁと思っていると。ポケットからまた砂糖を出してコーヒーにいくつもぶち込みながら、葉山は笑った。


「ま、きっとそのうちなんとかなるって。私が覚えてられる範囲くらいなら、付き合うからさ」


 いないよりはマシだといいよねと笑う彼女を見ていると、本当になんとかなるような気がして来るから不思議だ。例え錯覚でも、今はそう思えるだけでありがたかった。


「とりあえず今は、本当に前回と隕石の落ちる位置が違うのか確かめようぜ。もしそうなら、繰り返してるうちに地球から外れてくれるかもしれないし」


「何その完全なる運ゲー……そんなんでいいのか……?」


 あたしとしては、すっごく納得いかない。これだけ頑張って来て、どうにかする方法がどうにかなるまでチャレンジし続ければいいって。それは解決になっているんだろうか。


「ほら、観測出来るだけの能力であるなら、『隕石が外れる可能性』を観測する為に与えられたのかもしれないじゃない。繰り返せば繰り返す程誤差が増えてくとかさ。そんな感じでやってけばいいんだよ、タイムリープなんて。気楽に行こうぜ」


 これまで繰り返して来た回数を思えば、先が思いやられるってレベルじゃないけれど。それでも、一人じゃなくなった今なら本当にどうにかなるような気がする。……まあ、気のせいかもしれないけど。


 出来る事がほんの少しでもあるのなら、もうちょっとだけ頑張ろうと。今度はマカロンを齧り出したお気楽タイムリーパーを見ながら思ったのだった。

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