第23話 そっと

 いつもと変わらない週末。

 しかし今日は俺にとって特別な日になる。


 リアラに告白する。

 彼女に復縁を申し出る。


「雅君、今日はどこいくの?」

「買い物、そんで映画観て飯でもどうかなって」

「わー、今日はフルコースじゃん」

「まあ、気晴らしだよ」


 リアラに告白するのはもちろん初めてではない。

 しかし、告白なんてきっと何回しても慣れないものだろう。

 

 ……いや、これで最後にしたい。

 もう、何回もリアラに気持ちを伝えるのは勘弁してほしい。


 だからこれで最後。

 それに、もし俺がフラれたらそれこそおしまいだ。

 二度とリアラの隣を歩くことは叶わないだろう。

 そう思うと、決意が鈍る。

 しかし、こんな意味不明な関係のまま彼女と過ごすのは嫌だ。

 俺以外の男がリアラと付き合うなんて、やっぱり無理だ。

 だからあの時の勇気をもう一度。

 もう一度だけ、振り絞る。


「雅君どうしたの、ぼーっとして」

「え、ああすまん。さて、出かけよっか」

「うん」


 家を出てまず向かったのはアパレルショップ。

 リアラは服を選ぶ時、大体いつも機嫌がよくなる。 


「ねえ雅君、この服どう? あ、こっちは? ねえねえこれは?」


 店に入るとすぐに女性もののコーナーに走り慌ただしく服を漁る彼女を見て、昔の俺なら可愛いと。

 そして仲違いしていた頃の俺なら節操ないと。

 ただ、今の俺はどうだろう。

 あいつらしいなと、そう思えるようになっていた。

 こういう慌ただしいのもリアラで。

 がさつなのも彼女らしくて。

 だから呆れはしても嫌だとか、そんな気持ちになることはもうなかった。


「なんでもいいから早くしろよ。映画の時間があるんだから」

「わかってる。んー、じゃあこれとこれ」


 あきらめの境地、ではないがリアラのことを受け入れることができた今だから、俺もあいつに厳しくならずに済む。

 以前はリアラの情緒不安定さのせいにばかりしていたけど、多分俺も俺で苛立って冷たい態度をとっていたんだろう。

 だから余計に彼女を怒らせる。

 俺が優しくできれば、彼女だってそこまでわがままにはならない。


「さて、次は映画行くぞ」

「ねえ、私観たいのがあるんだけど」

「じゃあ任せる。俺はなんでもよかったから」

「やった。私ね、今日はSF観たいんだあ」

「へえ、珍しいな」

「うん、なんか雅君が好きだったやつ思い出して」

「ふーん」


 映画館に向かう途中、そんな話を聞いて俺は少しだけ嬉しかった。

 昔はどれだけ勧めても興味ないものには一切見向きもしなかったリアラが、俺の趣味に興味を持ってくれていたことに。


 でも、一体どういう心境の変化だ?

 俺に気を遣ってるってわけでもなさそうだけど。


「なあ、無理に見なくてもいいんだぞ」

「なんで? 別に興味あるんだからいいじゃん」

「そ、それならいいんだけど」

「変な雅君。昔は『SF見ないとかありえねえ』って言ってたくせに」

「……そうだな」


 そういやそんなことを言ってたっけ。

 なんか恥ずかしいな。


「あ、これこれ。ほら、雅君も好きそうでしょ」

「……なるほど」


 映画館に到着してすぐ。

 リアラが観たいと言っていたSF映画の看板を嬉しそうに指さす。

 宇宙で戦闘を繰り広げる系の洋画だ。確かに俺も気にはなっていたけど。


「……これ、結構グロいらしいけど行けるのか?」

「え、そうなの? 血出るの?」

「知らんけど。怖かったって意見多かった」

「……どうしよう」


 リアラは怖いのも痛いのも苦手だ。

 アニメですら血が出ると叫ぶし怖い描写になるとぶるぶる震え出す。

 そんな奴が本格的な戦闘映画を観れるはずがない。


「やめとくか」

「……見る」

「いや、無理すんなって」

「見るの! 別に一人じゃなかったら大丈夫だもん」


 そう言って、彼女は勝手に受付に行きチケットを二枚購入してしまう。

 意地になるといつもこうだ。


「もうチケット買ったから」

「……どうなっても知らないからな」

「子供扱いしないで」

「はいはい。でも声出すなよ。周りの迷惑になるからな」

「わかってるもん」


 しかしここまで念を押しても結末は見えていた。

 上映館に入って並んで座ると、既に不安なのか隣でリアラが震えている。

 そして、CMが終わって劇場が暗くなるとすぐに大きな爆発音が。

 その迫力にリアラは「ひゃあっ」と声を出す。


「……おい、静かにしろって」

「だ、だって怖いんだもん」

「やばそうなところは目瞑ってろ」

「……うん」


 まあ、四六時中斬り合いが行われるわけではないけど、どうしても戦闘シーンの迫力ってやつが売りであるため危ないシーンは多め。


 開始十分くらいで戦闘になり、やがて宇宙戦艦の中での白兵戦が。

 人がばっさばっさと倒れていく。


「ひ、ひっ……」

「しばらく目閉じてろ」

「……うん」


 今にも泣きそうなリアラは、やがて震える手をこっちに伸ばしてくる。

 それに気づいたけど、俺はどうしたらよいかわからずそのまま映画に目を向ける。

 すると、


「お、おい」

「……今だけ、こうしてて」

「……わかったよ」


 手を握られた。

 よほど怖いのだろう。俺の手を握る彼女の手はぶるぶる震えている。

 そして大きな音や叫び声の度に握る力が強くなる。

 少し強く握られた手は、しかし痛くはない。 

 そしてほんの少しだけあたたかい。


「……静かにしてろよ」

「うん、ごめんね」

「……いいよ」


 そのまま、映画が終わるまでずっとリアラは俺の手を握っていた。

 途中までは戦闘シーンの多い派手な映画で随分と印象に残ったが、後半はシリアスなシーンが多かったせいか全く覚えていない。


 ずっと、リアラの手の感触に一喜一憂しながら。

 映画なんてもうどうでもよくて。


 やがて映画館が明るくなったその時、俺は彼女の手をそっと握り返した。

 


 

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