第24話 溢れる思い
「……怖かった」
「だろうな。出る時何人かに睨まれたよ」
「なんで?」
「お前がうるさいから」
「……ごめんなさい」
映画館を出てすぐ。
明るい廊下の照明に目をすぼめながら俺はリアラの手を引いて出口に向かう。
途中で何人かの人に見られたのは本当だ。
でも、誰もリアラを迷惑がってのことではないだろう。
むしろ彼女のひときわ目立つ容姿に目を惹かれたって感じ。
そして当然ながら横にいる男にも目線がいくのもうなずける。
冷ややかな目はどちらかといえば俺に向けられていたものだろう。
「謝らなくていいけど。で、次は飯行こうと思うけど何食べたい?」
「なんか今日の雅君優しいね。どうしたの?」
「……別に」
今から告白しようと思ってる相手にそもそも冷たくなんてできやしないけど。
でも、それ以上に色々考えた結果でのことだ。
リアラの性格は治らない。
まあ、改善はするかもだけど根本はこんなもんだ。
でも、そんな彼女が好きなんだからもうどうしようもない。
ちょっと上から目線というか、リアラが俺のことを好きなんだったら考えるみたいなことを思っていた時期もあったけど。
そうじゃないって。
俺がどうしたいかをちゃんと伝えないとって考え直した。
きっかけはわからないけど、親父さんとの話も大きかったかもな。
あんなにわがままなリアラが俺に固執して、別れていても困った時には俺だけを頼ってくれて。
それだけであいつの気持ちなんて聞くまでもなかったんだ。
だからあとは俺だ。
俺の方こそ素直にならないとって。
……。
「リアラ、予定変更だ。飯とデザート買って帰って家でゲームでもしよう」
「え、いいけど疲れたの?」
「いや、そんな方がいいなって」
もう、背伸びもしない。
家でリアラと過ごす時が一番落ち着くんだ。
だから飾らずに、そこでちゃんと話をしよう。
◇
「ふう。なんかうろうろしたら疲れちゃったね」
「飯食ったら昼寝するか? マチタンも寝てるしさ」
「でもせっかくの休みだしゲームとかしたいな」
「じゃあそうするか」
ハンバーガーを買って家に帰ってきた。
二人で雑談しながらさっさとそれを腹に詰め込んで、ゲームの準備をしているとリアラが「ねえ」と。
「なんだ?」
「……雅君は、やっぱり優しいね」
「どうしたんだ急に?」
「んーん、なんでもない」
「……」
ちょうどテレビの電源がついてゲーム画面が表示された。
その画面が一瞬暗くなった時、画面に少し映ったリアラの姿を見て俺は振り返る。
「……」
「な、なによ。早くゲームするんでしょ」
「リアラ」
「……だから何?」
「好きだ」
「え?」
あれこれ計画は立てていた。
休日デートを満喫して、彼女の機嫌がいい時を見計らって美味しいものを食べながらムードのあるところで言おうとか。
家で言うにしても、夜の静かな部屋の中でしんみりと映画でも観ながらそっと隣で囁くように伝えようかとか。
でも、そんなかっこつけたもんじゃないと。
ゲームのBGMが流れる、まだ夕方で明るい部屋の中で。
ムードなんてものから正反対のこの状況で。
言いたくてしかたなかったこの気持ちが口からこぼれてしまう。
「好きだ……俺はお前のことが好きだ」
「な、ななな、なにそ、それ」
「……リアラが好きなんだよ。だからもう一回俺と付き合ってくれよ」
なんて言うかもいっぱい考えていた。
でも、結局どれも自分の言葉じゃなかったからか、一つも思い出せない。
今この瞬間、俺がリアラに思ってることだけが口からこぼれる。
「めんどくさいけど、それでもお前がいいんだ。直してほしいとは思うけど、離れてほしいとは思えないんだ。怒らないでほしいけど、怒るのは俺だけにしてほしいし、泣かれると困るけど俺の前以外で泣いてほしくない。リアラが他の男といるなんて、考えられない。だから」
「ま、待って……いきなりいっぺんに言いすぎだよう……」
「す、すまん。で、でも」
「……それ、ほんとなの?」
もう、泣きそうになりながら声を震わせるリアラは俺の袖を掴んで離さない。
その手も震えている。
「……ああ。嘘の婚約者とか、嫌だ。どうせなら本当の婚約者になりたい」
「……一緒にいて、情にほだされたとかじゃなくて?」
「そうかもしれないけど、それだけじゃない。結局俺はお前がいいんだって気づけたんだ。それに、俺も悪いところがいっぱいあった。全部お前のせいにしてごめん」
「……じゃあ、私が泣いても見捨てない?」
「見捨てない。でも、あんまりひどいと注意するかもな」
「それじゃ、私がひどいことばっか言っても許してくれる?」
「まあ、喧嘩にはなるかもだけど。でも、ちゃんと謝って本心で向き合ってくれたら許す」
「私だって……」
「リアラ……」
「私も、雅君のことが好き。ずっと好き。だからずっと一緒がいいの! でも、怖いの。私、また嫌われるんじゃないかって、そう思って」
リアラは、そのあと何か言おうとしていたが言葉にならず。
泣き崩れる彼女をそっと抱きしめて、静かな部屋にリアラの鳴き声だけが響いた。
◇
「ぐずっ……」
「落ち着いたか?」
「うん……ごめんなさいいつもこんなんで」
リアラが泣き止むまでには、過去最長の一時間ほどを要した。
その間に目を覚ましたマチタンはゆっくりとリアラの膝の上に。
彼女を慰めるようにゴロゴロと喉を鳴らしながらすり寄っていくと、次第にリアラの顔がほころぶ。
「マチタン……ありがとね」
「はは、こいつが幸運の招き猫なのかもな」
「そだね。でも、ほんとにまだ夢みたい」
「……夢じゃない。俺はリアラが好きだから」
「うん……私も。大好き」
想像していた週末とは全然違うものになったけど、でもようやく俺たちは素直になれた。
遠回りどころか一度道をはずれたりもしたけど。
今日、元カノともう一度付き合うことになった。
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