第22話 猫様々?

「明日は休みだし、DVDでも借りにいこうよ」


 金曜日の放課後、スーパーに向かう途中でリアラが言った。


「なんだよ、観たいもんでもあるのか?」

「うん、アニメとか」

「あー、そういや好きだったな。じゃあいくか」

「うん、あとゲームも買っていい?」

「好きにしろよ」


 リアラ父と焼肉を食べた日から、リアラの機嫌はさらによくなった。

 肉で充電したのか、それともただの気まぐれか。

 もちろん、家に帰ると癒しともいえるマチタンの存在があるからこそ、こいつの情緒が保たれているともいえるわけで。


 そういう意味では本気で猫に感謝だ。

 猫様様、猫大明神だ。


 主人の帰りを待つ猫に感謝しながらスーパーで夕飯の買い出しを済ませ、そのまま近くのレンタルショップへ。


「ねえ見て、これ覚えてる?」

「ん? ああ、そういえばこれ映画館で観たな」

「なつかしー。ねえねえ借りていい?」

「見たやつだろ?」

「いいの。これにする」


 リアラが手に取ったのは、俺たちが中学の時にやっていたアニメ映画。

 泣けると評判のそれを見に行こうと言い出したのは、意外にもあまりアニメを見ない俺の方から。

 というのも、その頃の俺はリアラに告白しようと思って悩んでいた真っ最中。

 尊に相談したところ「こういう泣けるの観た後だと、告白成功率アップするぜ」とか言われて誘ったのを思い出した。


 今思えば浅はかというか恥ずかしい限りだが、なぜ今になってその映画をリアラが観たいと言い出したのか。

 たまたま目についただけ、とも思えない。


「ねえ、これ観たあとのこと覚えてる?」


 俺が気になっていたことを、先にリアラが質問してきた。

 そう、この映画を観た後のことは俺は忘れもしない。


 リアラに告白したんだ。


「……まあ」

「まあって何よ。嫌そうね」

「そうじゃない。でも、お前だって恥ずかしくないのかよ」


 俺は泣きそうな顔で、震える声で告白して。

 彼女は実際大泣きして。

 

 そんな思い出を一人で振り返る分にはいいけど、当の本人と――それも別れた後に振り返るなんてたまったもんじゃない。

 一体どういうつもりでそんな話題ができるんだ?


「だって……一応あれはいい思い出というか」

「……そうか」

「雅君は違うの?」

「そうは言ってない、けど」

「けど?」

「……」


 これは一体どういう状況か。

 ただDVDを借りに来ただけで、しかも俺は俺で明日きちんとこいつに気持ちを伝えようと踏ん切りをつけるところまで来たというのに、なぜか今あの時のことを元カノに問い詰められている。


 どう答えるのが正解か。

 そもそも、この状況に正解なんてあるのかどうか、だけど。


「……とにかくかえってそれ観よう。マチタンが待ってるぞ」

「あー、そうだった! マチタンにおやつあげないと」

「そうそう。ほったらかしは可哀そうだろ」

「うん、早く帰ろ」


 彼女が単純でよかったと、この時ばかりはこいつの節操のなさに感謝だった。

 そして話題も逸れ、二人でレンタルショップを出ると外は薄暗くなっていた。


「もうこんな時間か」

「そういえば、あの時も夕方だったよね」

「またそれか。もういいだろ」

「ダメ。私は雅君があの時のことどう思ってるのか、知りたい」

「知ってどうするんだ?」

「そ、それは……別にいいじゃん」

「なんだよそれ」


 別に恥ずかしいからといって頑なに答えたくないわけではない。

 あの時のことはいい思い出だと、一言そう言えばこいつも納得するのかもだけど。

 でも、俺は少しだけあの時のことが嫌だと思っている。

 表面上だけでこいつを好きになって、好きだと言ったあの時の無責任な自分を嫌だと。


 ちゃんと、もっとこいつのことを知ってその上で決断していれば、こんなことにはならなかったかもしれないと。

 そう思うと、あの日のことは綺麗な思い出という言葉では片付かない。


 だから、答えるのに躊躇する。


「……いじわる」

「なにがだよ」

「もういい。帰ったらお風呂入って寝ろ、タコ」

「お、おい」


 怒ってしまった。

 でも、これは怒らせたんだとわかっている。


 俺の気持ちとかより、リアラがどう言ってほしいかを優先すればこうはならない。

 でも、俺も俺で相当めんどくさい性格をしてる。


 せっかくかえってDVD観て明日は外出だという流れだったのに、険悪なムードのまま帰宅することに。


 そして帰るとすぐ、俺なんていなかったかのように猫とじゃれるリアラは俺をじろっと睨みつけてまた無視。

 仕方なく言いつけ通り風呂に入ることにした。



「おい、あがった……ぞ?」


 風呂から出ると、部屋でさっき借りた映画をリアラが一人で――正確には猫のマチタンを膝に置いて二人で観ていた。

 

 集中して、画面を食い入るように見る彼女が見ているのは中盤、ヒロインの病が発覚する場面。

 とても胸が締め付けられる場面だが、でもまだ泣くところではない。

 しかし、リアラはボロボロと涙を流している。

 ほんとどういう涙腺をしてるんだと。

 声をかけようとしたらリアラが独り言をつぶやいている。


「雅君のバカ。私、ずっとこの映画みた日のこと、覚えてるのに。嬉しかったのに。ずっと、ずっとあの日のことを私……」

「リアラ?」

「へ? ま、雅君!? で、出たなら言いなさいよ!」

「さっきからずっといたんだけど」

「……泣いてないから」

「は?」

「泣いてない! お風呂入る!」

「お、おい」


 膝の上の猫を抱えて俺に渡すとリアラはそのまま風呂に直行。

 そして風呂場から「一時停止しといて!」と大声で俺に言ったあと、静かになる。


「……なんなんだあいつ」

「みゃあ」

「なあお前、あいつ変なこと言ってなかったか?」

「みゃお?」

「……いや、すまん。先に寝るわ」

「みー」


 猫相手に何をいってるんだか。

 ベッドにマチタンを置いて、俺は床に寝そべる。

 

 マチタンも、そのまますやっと目を瞑る。

 その寝顔に少し癒されながら、リアラが呟いていたことを思い出しながらまどろみに落ちる時。

 俺はもう一度考える。


 明日、どうやって告白しようかな。

 

 

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