第21話 間が悪い
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「本当に大丈夫なのか?」
「心配しすぎ。大丈夫だから」
「ならいいけど」
リアラを連れて、授業中の静かな校舎をそっと出て家に向かう。
尊から連絡が来た時は焦ったけど、今は顔色も悪くないしどうやら心配はなさそうだ。
でも、あんな場所であいつと何を話してたんだろ?
「なあ、尊と何してたら倒れるなんてことになったんだ?」
「なに、嫉妬?」
「そうじゃねえよ。いや、なんか聞いたりしてないかなって」
「何を?」
「あ、いや別になんでもないけど」
「……そ」
いつものリアラだ。
どうやら俺の考えすぎか。
俺がこいつのことを好きだと言った話を聞かされてるならここまで平常心でいられるはずが……いや、そうとも限らないのか?
もしその話を聞いた上で、それでも響いていないとすれば。
……それこそ考えすぎなのかもしれないが。
「ねえ雅君」
「な、なんだ?」
「今朝のことなんだけど」
「け、今朝?」
「とぼけないで。朝、絡まれてたじゃん」
「み、見てたのか?」
「みんなが騒いでたからあとで気づいたんだけど。ねえ、あれって私のせいなんでしょ?」
「……そんなことないよ。あれは俺が」
「嘘。私が雅君に彼氏のフリさせてるからああなったんじゃん」
「だとしても、あれは完全にいちゃもんだ。あいつらが悪い」
今朝のこと、と言われて一瞬ひやりとしたがそういうことか。
でも、こいつなりに気にしてるんだと思うと、やっぱりリアラのせいだなんて思いたくはない。
俺が頼りなくて、はっきりしないからああなったんだ。
婚約者のフリをすると決めてもなお、どこかでこれは嘘だと線を引いていて。
だからこいつとどこか距離を置いた風な態度があいつらの勘に触ったのだろう。
……そろそろはっきりしないとな。
「なあリアラ」
「なに?」
「今度の休みだけどどっかいかないか?」
「いつもご飯いってるじゃん」
「じゃなくて、ええと、遊びに、とか」
「カラオケとか?」
「ま、まあそんなんでも」
「……別にいいけど。なに、急に?」
「いや、気晴らしだよ」
まあ、気晴らしってのは嘘じゃないけど。
週末、俺はこいつに今の俺の気持ちを伝える。
好きだって、ちゃんとリアラに伝えたい。
◇
「お、帰ったかリアラ」
「ただいまパパ……じゃなくてお父様。マチタンはいい子してた?」
「ああ、寝てるよ。ずいぶん大人しい子だな。雅臣君もお疲れさま」
「た、ただいまですおじさん……」
朝から色々あって、勝手に気持ちが盛り上がっていたせいで忘れていた。
そういえば今日はリアラのお父さんが家にいたんだった。
「さて、何か食べにいくかね」
「わーい、焼肉がいいなあ」
「よし、それなら焼肉にしよう。雅臣君もたくさん食べたまえ」
「は、はあ」
他人の親と外食というのは、ただそれだけでも気まずいというのに、相手が元カノの親で、しかも嘘をついている相手ともなれば一層気まずい。
焼肉にウキウキするリアラとは対照的に、俺はどうすればよいかもわからず黙って二人について行き。
お父さんの車に乗って、高級焼肉店到着した。
「ここのお肉おいしいよねー」
「ああ、昔から変わらないな。雅臣君は初めてかね?」
「え、ええまあ」
この街で一番高い店とも評判の焼肉店に庶民の俺がきたことなどあるわけがない。
場違い感がえぐい。
気まずさと居心地の悪さでさらに俺の口数は減る。
「……」
「どうしたの雅君? おなか痛い?」
「い、いやそうじゃなくて。こういう店来たことないから緊張して」
「あはは、そうなんだ。全然気にしなくていいのに」
随分来慣れた店なのだろう。
リアラは実家のようにくつろいでいる。
店員とも親し気に話すリアラの父親は、適当に持ってきてとだけ伝えてメニューを置いて俺たちを見る。
「さて、二人は仲よくやってるかい?」
さっそくの質問だ。
まあ、当然といえば当然。俺たちが仲良くやっていなければ見合いを再開するつもりなんだろう。
「はい、仲良くしてますよ。ね、雅君」
「あ、ああそうだな。はい、おかげさまで何不自由なく」
「そうか、ならいいんだ。君たちは何も心配しなくてよいから学業に励みたまえ」
何も心配はいらない、ということはつまりお見合いの話はもう諦めたということか?
おじさんの発言の意図がよくわからないまま、すぐに肉が運ばれてくる。
「わあ、おいしそう。ねえ雅君、焼いてあげるね」
「あ、ああ助かるよ」
「じゃあいただきまーす」
霜降りの綺麗な肉の盛り合わせを前に心底幸せそうな笑顔を浮かべるリアラは、上機嫌なまま肉を網の上に置く。
肉の焼ける音と共に、食欲をそそる香りがそこら中に充満する。
すると、俺の腹の虫がぐううっと鳴く。
「……」
「あはは、おなか空いてるんじゃん。はい、もう焼けたよ」
「あ、ああ。じゃあ、いただきます」
ちなみに向かいに座ったリアラ父は悠長にビールを飲んで一人でキムチをつついて晩酌が始まっていた。
とってもらったアツアツの肉を頬張る。
すると、食べたことのない食感がくちいっぱいに広がる。
「うっわ、蕩けるやつだ」
「でしょー。みんな高い高いっていうけど、都会だともっとするんだから。コスパいいのよ」
「も、もう一枚いいか?」
「うん、いっぱい食べよ」
あまりの肉のうまさに、さっきまでの緊張もリアラの父親といることさえも忘れてしまい、食べることに夢中になる。
そしてリアラ父も勝手に一人で酔っぱらっていく。
「ふうー、うまいなあ酒が」
「パ……お父さん、飲んでばっかだともったいないよ」
「いいじゃないかたまには。娘が彼氏と仲良くしてるところを見ながら一杯。いいねえ」
「もう。雅君、明日の分まで食べていいからね。私ちょっとお手洗い」
「え、ああ」
だらしない親父の姿に少し怒った様子でリアラは席を外す。
肉に夢中でその時は気にも留めなかったが、気が付けば俺はリアラの親父さんと二人っきりにされていた。
それに気づいてすぐ、箸が止まる。
他人の親と、元カノの親と二人っきりで焼肉なんて、たった一瞬でも全く食欲がわかない。
早く帰ってこいと、幼馴染の存在のありがたさを実感しているとリアラ父は俺の方を見て、言う。
「すまんねえ、雅臣君」
「え、な、何がですか?」
「いやなに、君も娘のわがままに振り回されてるんだろう?」
「……まあ」
こういう時、どう答えたらいいのか俺にはわからず。
実の娘を親がどう言おうと勝手だが、他人にとやかく言われるのはまた別だろう。
だから濁すしかできず。
でも、この親父さんもあいつがわがままだという自覚くらいはあるんだと。
そうい知れただけでもなぜかホッとする。
「リアラはね、欲しいものは何があっても手に入れたがる子でねえ」
「ま、まあなんとなくわかりますが」
「でも、それでも僕があの子のほしいもの、やりたいことを可能な限り叶えてあげるのはただ甘いからってだけじゃないんだよ」
「そう、なんですか?」
言いながら、甘いだろと心の中でつぶやいた。
ほしいものを与え、やりたいことばかりさせてるからわがままになるんだと。
しかし親父さんはいう。
「あの子は、やりたいことは最後までやり通すし、買ってあげたものは大事に大事に使ってくれる。決して飽きっぽくて目移りが激しくて次々にわがままを言うような子じゃない。そこがあの子のいいところだ」
「……最後まで、ですか」
「ああ、だから雅臣君のことも最初はどうかと思ったけど、あの子は一度好きとなったら簡単に嫌いになるような子じゃない。きっと、ずっと君のことを好きでいると思うぞ。はは、それはそれで重いのかな」
「……」
「おっと、こんな話を僕がしたっていうのは内緒だよ。リアラは僕に厳しいからね」
「……ええ、しませんよ」
男の約束だ、なんて言いながら焼酎のグラスを傾ける親父さんが酒を呑みほしたところで、リアラが帰ってきた。
「ちょっと、二人で何を話してたの?」
「え、いや、別に」
「ふーん。ま、いいけど。お父さん、代行そろそろ呼ばないとだよ」
「ああ、手配するよ。雅臣君はもうお腹いっぱいか?」
「は、はい。ありがとうございます」
親父さんは、先にタクシーを呼んだからと言って俺たちに先に出ろと。
リアラは当たり前のように「ごちそうさま」と言って先に出て行ったので、俺も何度か頭を下げてお礼を伝えてから彼女について行く。
そして、店前に止まったタクシーに乗り込むと、リアラが隣で俺の肩に頭を置いてくる。
「お、おいどうしたんだよ」
「眠くなっちゃった。着いたら起こして」
「ほんとわがままだなお前って」
「……やっぱり、いや?」
「……」
親父さんがこいつのことをどう言いつくろっても、わがままはわがままだ。
めんどくさいし、うるさいし、結局は自分の意見ばっか押し付けてくるし。
でも、それが嫌だと思うか可愛いと思うかは、結局ひとそれぞれってことだ。
親父さんにとっては、そんな娘のわがままさも可愛いのだろう。
……俺は。
「……嫌じゃねえよ」
そう呟いた時、リアラはすーすーと寝息を立てていた。
こういう時に限って寝てしまってるあたり、本当に間の悪い女だと思う。
でも、言うと決めた以上は週末だ。
もうあいつの気持ちは訊かなくてもわかった。
だから。
俺は週末、リアラに。
もう一度告白をする。
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