第17話 あたたかい目

「雅君、朝ご飯できてるよ」

「あ、ああ。いつもありがとな」

「ねーねー味はどう? 私、結構上手になったと思うんだけどなあ」

「……うん、いい感じだよ」


 病気になりそうなくらい辛い味噌汁を飲みながらも、俺はただ頷くしかできなかった。

 喧嘩して仲直りしたあの日以来、すっかりご機嫌なリアラ。

 彼女のそんな機嫌を損ねたくはないと、無理やり朝食をうまそうに食べているのだが、どうやらそれで調子に乗った様子。


 このままだと、俺は若くして生活習慣病で死んでしまうまである。

 どうしてこいつの料理はこうも極端なのだ。


 味がしないか味が濃いすぎるか。

 こいつには中間地点というものがない。

 それは私生活でも同じこと。

 全く無関心か、極端に感情移入しすぎて怒ったり泣いたりわめいたりか。

 もう少し加減というものを覚えさえすれば……いや、それは今更な話か。

 

 さて、しかしどうしたものか。

 そんなに嬉しそうに見られると、食べるしか選択肢ないじゃんかよ。


「あの、明日は俺が作ろうか?」

「なんで? やっぱおいしくないんだ」

「そ、そうじゃなくてだな。たまには休めよってことだ」

「ふーん。じゃあさ、明日は朝ご飯も一緒に作ろ?」

「え、それこそなんでだよ」

「教えてほしいなって。雅君料理上手だし」

「まあ、いいけど」


 ていうか何回も教えたんだけど。

 改善の見込みがないから諦めたんだけど。

 って、そんなことも言えないか。

 本当にリアラが嬉しそうだ。

 こうやって、ずっと笑っててくれたらいいのにな。


 朝のほのぼのした時間が終わり、塩分過多で気持ち血圧が上がったような気分のまま一緒に家を出る。


 そして学校に向かう途中。

 尊に出くわした。


「おう、二人とも今日もラブラブしてるな」

「尊おはよう。そんなんじゃねえよ」

「はいはい、でも毎日毎日一緒に登校なんて付き合ったばっかのカップルでもそうはいかねえぞ」


 尊は俺たちのことを真剣に考えてくれている。

 だからこそ、俺とリアラがわかれた時も真剣に悩んでくれたし、復縁したと訊いた時は(実際にはしてないが)、我がことのように喜んでくれた。

 こうやって俺たちのことを祝福してくれる親友もいるんだし。

 ほんと早く復縁した方がいいんじゃないかって、最近は特にそう思わされる。


「なあ橘、そういや昨日親父さんにあったぞ」

「え、そうなの? なんか言ってた?」

「いや、別に。お前らが同棲してるってことくらいかなあ」

「あ、そうなんだ。それはそれは……え?」

「おい、水くさいぞお前ら。雅臣、今度お祝い持っていくから家教えろよ」

「あ、あの尊?」

「じゃあな。ま、みんなには黙っててやるからさ」

「ま、まってー」


 俺の肩をぽんと叩いてから尊は爽やかに走っていく。

 リアラを見ると、何か難しい顔をして考え込んでいた。


「……」

「おい、親父さんにちゃんと口止めしてなかったのか?」

「してるもん。でも、なんかあるとつい喋っちゃうのようちの親は」

「まあ、尊のことだから口外しないとは思うけど」


 でも、なんとなく嫌な予感がする。

 心なしか、今日はいつもより視線を感じるし。

 これも気のせいだといいんだけど。



「おい、橘リアラが同棲してるって訊いたか?」


 昼休み、誰かが大声でそう言いながら教室に入ってきた。

 号外号外ー、と走り回る記者のようにスクープを手にして興奮気味なそいつの声に、クラス中の人間が反応する。


「はあ!? それってまさか」

「ああ、例の彼氏だってさ」

「嘘だろ……俺たちの橘さんがー!」


 各々、発狂していた。

 血の涙を流す、という例えがぴったりな様子。

 さらにそいつらの会話は続く。


「で、橘さんはなんて?」

「それがさ、『まあ、一応ね』なんて言って照れてたんだよー!」

「確定だー! 終わったー!」


 さらに声を荒げる連中は一通り嘆いて、やがて俺の方を見てくる。

 あ、この流れは絶対に絡まれる。

 なんかしらんが因縁つけられるやつだと、覚悟はした。

 別に同棲は嘘じゃないし、それで目をつけられるのも心のどこかで覚悟していたからか、じっと彼らが何を言ってくるか待つ。


 しかしだ。


「鬼龍院君、橘さんを幸せにしてやってくれ!」

「……はい?」

「もう、俺たちではどうすることもできないってわかってたんだ。でも、同棲までしてる以上は彼女の幸せを願うしかできん。それがファンの鑑だろう」

「……へ?」

「俺たちは彼女の幸せを優先する。頼んだぞ、伊集院君!」

「いや、俺は鬼龍院ですけど……」


 勝手に祝福された。

 あとから訊いた話だと、橘リアラファンクラブ――通称TRFは別に彼女と付き合いたいとかではなかったようで。

 まあ、アイドルみたいなもんだ。

 彼女を見て、応援して、それで勝手に悦にひたる。

 そういった連中を心底キモいと思っていたが、この時ばかりはすごいなと。

 仮にも好きな女の子に彼氏がいたのに、それをめでたいと割り切れるんだから。


 というわけで被害はなかった。

 代わりに、全校生徒から祝福された。


 ちなみに噂の発端は尊ではなく。

 俺たちが一緒のアパートから出てくるのを誰かが目撃したそうだ。

 しかし、一つだけ疑問が残る。


 どうしてリアラは否定しなかった?

 別に違うと突っぱねればそれで終わりだろうに。

 なんで、認めたんだ?


 それだけが不可解なまま、放課後になる。

 


 

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