第7話 これは嘘だから
週末がやってきた。
いつもなら朝からゆっくりして、昼からゲームでもしながらダラダラするのが日課だったが、この歪な同棲生活ではそんなことも許してはもらえない。
「なあ、なんで朝から掃除なんだ? 休みの日くらいゆっくりしようぜ」
「ダメ。早起きは三文の徳というし部屋やトイレを綺麗にしておくことは金運アップにも繋がるの。朝の過ごし方で今日がいい一日になるかどうか決まるのよ」
ぐちぐちと文句を言いながら窓を拭いている俺に、リアラは最もなことを当然のように言ってきた。
なるほど正論だ。多分こいつが正しい。
やはり金持ちって普段からの心がけが違うってことなのかな。
「それはわかった。で、この後はどうして外食なんだ? 倹約家になるんじゃなかったのか」
「いい夫婦ってものは毎週どこかでランチをしてるものなの。両親もそうしてるし、えっと、まあそういうことなのよ」
「どういうことだよ。別にそこまで徹底する理由なんて」
「なによ、私と食事するのがそんなに嫌なの?」
「そうは言ってない、けど……」
言ってはいないけど。
元カノと飯なんて、心地いいものではない。
でも、それを言えばお前もそうじゃないのか?
嫌いなはずの俺と、いくら父親を欺くためとはいえ仲良く外食なんて……
「お前、もしかして」
「な、なによ別に私は」
「飯、作るのが嫌なのか?」
「へ……あ、ま、まあそれもあるかもね、あはは」
「そんなとこだろうと思ったよ。ま、たまにはいいか。お前のまずい飯よりは俺も安心して食べられるわけだし」
「ま、まずいって言った!はっきり言った!」
「言われたくなかったら勉強しろ。じゃあ、掃除終わったら準備するか」
「……うん」
できれば毎日でも外食にしてほしい。
一人で勝手に食べてくるから。
そうじゃないと俺の胃がもたない。
無駄に会話が弾んでしまったせいで掃除も手が止まり、一旦片付けて着替えることに。
ワンルームでの共同生活にはそもそも制約が多い。
付き合ってもいない俺たちが同じ部屋で着替えることはもちろんあり得ないので、俺は着替えを持って風呂場に行く。
その時ふと、洗面所に二つ並んだ歯ブラシを見ながら、何やってんだろうとため息が。
付き合ってた頃よりも今の方がよっぽどそれらしいことをやっている気がする。
でも、これは彼女のお見合いを阻止するための嘘の関係。
だから……いつかは終わりが必ずくる。
あまり深入りしない方が互いのためかもな。
さっさと着替えを終わらせてリアラを玄関で待つ。
リアラはこういう時に準備が遅い。
髪のセットや服選びに軽く一時間くらいはかかるのだけど、それはあくまで彼氏と遊ぶからであって。
なんの関係もない俺と飯に行くだけで何をやってるんだ……
「おい、まだかよ」
「もう終わるわよ。急かすなグズのくせに」
「どっちがだよ……」
そこからしばらく、じっと待っていると「よし、できた」という彼女の声が聞こえて、すぐに部屋からリアラが。
「遅いぞ……ってお前」
「なによ。どこか変?」
「い、いや」
綺麗な銀髪をポニーテールにし、ほんのり化粧をして、いつもの簡単な私服ではなく白いワンピース姿に着替えた彼女を見て、まるで別人のようだと、癪な話だが見惚れてしまった。
「お、お前そんな服持ってたんだな」
「この前買ったの。に、似合ってる?」
「ま、まあ、それなりに」
「なによそれ、褒めてんの?」
「か、可愛いと思う、ぞ」
「……ならよかった。うん、とにかく行くわよ」
少し気まずい空気のまま二人で部屋を出る。
ったく、なんでそんなにオシャレしてんだよこいつ。
付き合ってた頃は中学生ってのもあったけど、それにしても気合い入れすぎだろ。
「なあ、お前の父親ってそんなに疑り深いのか?」
「何の話?」
「いや、俺と出かけるときにお前がオシャレしてないってだけで関係を疑うようなやつかってことだよ」
「……別に。そこまでじゃないと思うけど」
「ならそこまでしなくていいんじゃないか? ちょっと用心が過ぎるというか、そんなんじゃ疲れるだろ」
「……バカ、なんもわかってないんだ」
「は? 今なんて」
「知らない。ただの気分よ」
そう言ってから、リアラは先を行く。
彼女の特徴的な髪色や、その美しさもあって時々すれ違う男たちが彼女を振り返って足を止める。
それくらいにリアラは綺麗だ。
それくらい俺でもわかっている。
いや、俺が一番知っている。
そういえば、昔一度だけリアラに告白してきた男がいたっけな。
もちろん、なんて言えば何様かと言われるかもだけどリアラは二つ返事で断ってたっけ。
なんでかそんなことを思い出しながらリアラの後ろをついていくと、二人組の男が彼女に声をかけた。
「君、可愛いね! 一人? よかったらこの後一緒に飯食わない?」
ナンパか。
そういえばあいつ、学校の連中からはその人気のわりに、俺という虫が周りを飛び回っていたせいか声をかけられることは少なかったけど、他校の生徒とかからはよくナンパされてたっけ。
それに、
「あ、えと、あの、わ、わたし……」
「いいじゃんいいじゃん。行こうよ! 奢るからさ」
「あ、あわわ……」
人見知りなんだったな。
一人にしておけない、というより一人で出掛けさせたらダメなタイプ。
ナンパとか変な勧誘とかに捕まってどこに連れていかれるか心配で仕方なかったからいつも俺が側にいたんだよな。
ほら、今も断れずに慌ててる。
……助けてやるか。
「すみません、この子俺の連れなんで」
大概の人間はそれで察する。
男連れだとわかると、しらけた様子で散っていくものだ。
しかし、
「なんだよ連れって。そんならお前のお連れさん、貸してくれよな」
たまにめんどうなやつがいる。
「い、いや。彼女はですね」
「友達なんだろ? だったら別によくね?この子は俺たちと飯に行きたそうにしてたぜ?」
「……」
んなわけないだろ。
目が腐ってんのか。
しかし、まあ友達だったらこいつの行動にそこまで干渉する権利なんて、ないと言えばない。
なんかうまく揚げ足をとられたような気分だ。
って納得してる場合じゃないか。
……はあ、めんどくさい。
「この子は俺の彼女なんで。婚約者なんで」
あーあ、言っちゃったよ。
一体俺はこの先何人の人間に嘘をつけばいいんだ。
嘘のつき過ぎでバチがあたるんじゃないか?
とまあ自分で発した言葉にうんざりするが、そのおかげでようやくナンパ男たちはしらけた様子で去っていった。
「まだいるんだなあんな奴らが。おい、大丈夫か?」
「……」
「ったく、お前の人見知りもどうにかしないとな。いつも俺に言うみたいにボロクソ言ってやりゃいいんだ」
「……うん、ありがと、ね」
「な、なんだよ急にしおらしくなって。そんなに怖かったのか?」
「べ、別になんでもない! それよりあんたがとろとろ歩いてるからでしょ」
そう言って、また彼女は先に行ってしまう。
いつものように怒った様子でさっさと歩く彼女に今度は離されまいと追いつくと、何故か鼻歌を歌っていた。
それはきっと外食が楽しみなんだと、俺はそんな風に解釈して、無駄な期待なんて持たないように彼女のすぐ後ろを歩いてついていく。
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