第6話 当番表

「今日から食事は当番制にするから」

 

 帰るなり、リアラはそんなことを言い出した。

 さっきこいつの相手探しに協力するなんて話をしたものの、なんの目処も立っていない現状ではしばらくこの生活が続くことが予想されるわけで、これからのことについて彼女なりに考えがあるらしい。


「朝は私、昼も私、でも夕食は雅臣。そんで、買い出しは二人で週三回。あと、週末なんだけど」

「待て待て勝手に決めるな。俺の意見は」

「ないわよ。うちのお金で生活するんだからそれくらい言うこと聞きなさいよタコ」


 いつものように人を軟体生物呼ばわりしておいてから。

 リアラは、『スケジュール表』と書かれた紙を俺にみせる。


 いつそんなものを作ったんだと呆れながら見ると、月曜日から日曜日までの過ごし方とやらがびっしりと書かれていた。


 ……


「なんで週末まで予定決めるんだ。お互い休みの時くらい好きにしたらいいだろ」

「ダメよ。仲のいい恋人が週末に各々遊んでるなんてお父様にバレたら、それこそ嘘だとバレて私は知らない変態親父に身売りされてしまうわ」

「見合い相手をなんだと思ってるんだお前は……それに、こんなに予定詰めたら本末転倒だ。お前、相手探す気あんのか?」

「そ、それは……」


 学校が休みの土日について。

 まず土曜日は朝から二人で部屋の掃除。

 そのあと一緒に昼食。これは外食だそう。

 そして近くを散歩。そのあと帰宅して一緒にテレビを見てから寝る。


 続いて日曜日。

 朝から二人で買い物。 

 昼飯を挟んでからどこかでデート。

 そして近くのレンタルショップで映画のDVDを借りてきて鑑賞。のちに寝る、だそうだ。


「……ただの仲良し夫婦かよ。これ、ほんとにやるのか?」

「う、嘘がバレたらいやだから徹底してやるのよ。私だって不本意だけど、知らない人と結婚するよりはまだマシ。それだけよ」

「で、最初の質問に戻るけど。こんなんで相手見つかるのかって話。そもそも、学校でも既に噂広まってるし、どうすんだよお前」


 結局こいつのやっていることは問題を先延ばしにしているだけ。

 いつか俺とこいつが恋人でないとバレて、その時に本当の相手がいなかったらこいつはどこかの誰かさんとお見合いさせられてジ・エンド。

 それをわかって言ってるのか?


「……そのこと、なんだけどさ」

「なんだよ。もう好きなやつでもできたのか?」

「ち、違う。ええと、まあ、私だってそんなにホイホイ恋なんてできないし……だから、今は無理に相手を探さなくてもいいかなって」

「だったらいつまでこれを続ける気だよ」

「わかってるわよ。嘘がバレるまでにはちゃんと頑張るから……だから、ね」


 やっぱり勝手な理屈だ。

 俺のことなんてこれっぽっちも考えちゃいない。

 でも、よく考えてみればこいつも俺も失恋したばっかなんだよな。

 それなのにさっさと次の相手を探せ、なんて突き放し方も、大人気おとなげないのかもしれない。


 こいつが次の恋に進みたいと、そう思う日がくるまでがこの嘘の関係の期限。

 それくらいのことをしてやるってのが、元カレとしての責任なのかどうかは知らないが。


「……わかったよ。それでいい。でも、さっさと頑張れよ」

「……絶対、頑張るもん」

「んじゃ、飯にしよう。夕食は俺が作るんだっな」

「え、ええ。散々私の料理を馬鹿にしたんだから、まずい飯だしたらぶっ飛ばすわよ」

 

 強がってはいるが、今日のリアラには言葉ほど迫力がない。

 ただ、悪そうな顔はしていた。


 どうせこの性格最悪女のことだ。

 料理ができない俺に夕食を作らせて、散々ダメ出しをしてやろうって魂胆なんだろう。


 でも、残念だったな。


 俺、料理得意なんだよな。


 初めてリアラが飯を作ろうかと言って家に来たのは中学一年生の時だった。

 俺はたまらなくそれが嬉しくて、つい彼女に対して嘘をついた。

 俺は料理なんてしたことないから、お願いだから作って欲しいと。

  

 そんでできたのは切り刻まれた野菜っぽい何かの残飯みたいなもの。

 味は辛いのか甘いのかもさっぱりだがとにかくまずく、見た目も最悪だった。

 そんなご飯だったけど彼女に嫌われたくなくて、美味しいと言って吐きそうになりながら完食したのを今でもはっきり覚えてる。

 もちろんそのあと死ぬほど吐いたことも。


 あの頃は本当にリアラが好きでたまらなかった。 

 俺がうまいと言って飯を食うと、「嬉しい」って言ってちょっと涙目になるこいつが、もう死ぬほど好きだった。


 片想い、というか付き合う前だったから余計に頑張ってたというのもあるけど、それでもこいつを傷つけたくなくて、俺は料理ができないキャラを演じ続けた。


 でも。

 もうそんなことをする必要はない。


 お前がどれだけ粗末なものを食わせてきたのかを思い知らせてやる。


 ちなみに今日の献立はカルボナーラにアヒージョ、そして野菜を取るために簡単なカボチャスープとバーニャカウダ。ソースはもちろん自家製だ。


 さっさと料理をはじめると、最初はテレビを見ていたリアラも、俺の手際を見て不思議そうな顔でこっちにくる。


「な、なんか慣れてない?」

「何が? 別にこれくらい普通だろ」

「そ、そうよね。ま、まあ料理なんて見た目より味だし。くんくん……いい匂い」

「いいから待ってろよ。まずい飯食わせてやるから」


 そう話すと、リアラは首を傾げながらまた部屋に戻る。

 しかしテレビに集中せず、チラチラとこっちの様子を伺ってくるのがわかる。

 俺はそんな彼女を無視するように、淡々と飯を作り続けた。


 そして。


「はい、今日の晩飯」

「嘘……」


 久々に作ったから不安だったが、まあ充分な出来栄えだ。


 とはいえあくまで素人の中では、というレベルではあるが、料理を苦手とするリアラにとっては受け入れ難い現実だったのか。

 震えながらスプーンをもち、恐る恐るスープを口にする。


「うっま!」


 というリアラの声が部屋に響いた。


「え、嘘でしょ? 美味しい……え、このアヒージョも……ん! パスタめっちゃ好きこれ!」

「だろ? 俺、実は料理好きなんだ。お前の思惑は外れたな」


 ざまあみろ。と言って得意そうに彼女を見る。

 すると彼女が、がっついていた手を止めて俺の方を恨めしそうに見る。


「……だったらどうして、料理できないなんて嘘ついたの? 私のこと、内心は笑ってたんだ」

「そ、そうじゃない。別に俺は」

「じゃあ何? なんで嘘ついたの? 本当は私のことをバカにして、一人で楽しんでたんでしょ、そうなんでしょ!」


 怒らせてしまった。無理もない話だ。

 こんなことをされたら、俺だってそう受け取りかねない。


 ただ、違うんだ。

 俺は、お前が嬉しそうに料理をする姿がだな……


「……いいだろもう。それより早く食べろ」

「よくない。違うっていうんならその理由、聞かせて」

「だからそれはだな……」

「聞かせてよ……う、ううっ。なんか、あんたのために頑張ってたあの頃の私がバカみたいじゃん……ううっ、ひっく」


 大粒の涙が、じわりと彼女の大きく澄んだ瞳に溜まっていく。

 もう、ダム決壊寸前だ。

 せっかくの夕食が湿っぽい場になってしまう。


 ……ああ、くそっ。


 まあ、別に昔の話なんだから、話してやるよ、全く。


「俺は……お前が嬉しそうに料理してくれるのかだな、その、なんていうか、好きだったんだよ。だから言えなくて……すまん」


 なんで元カノに今更こんな恥ずかしい告白をせにゃならんのだと、言いながら俺はグッタリする。


 しかし、そう話すとリアラは、驚いたように俺の方をジッと見て、やがてその大きな目をくしゃりと閉じた。


「あはは、なにそれ。私の料理、そんなに好きなんだ」

「だから、そうじゃなくて」

「わかったわかった。じゃあ明日の朝食は、特別にもう一品増やすから。さてと、冷めないうちにいただくわね」

「……」


 なんとか機嫌を取ることには成功した。

 しかし俺は、死ぬほど恥ずかしい思いをした挙句、明日のリアラの朝食の数まで増やしてしまった。


 はっきり言って死にたいくらいの気分だ。


 でも。


「料理教えてよね、私にも」

「ああ、いいよ」

「じゃあ朝早起きね。うん、予定書き換えないと」


 そう言ってさっき壁に貼った予定表現の朝食の欄にかかれた自分の名前を消してから、二人で、と書き直していた。


 そんな彼女が、やっぱり憎めなかった。


 

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