第5話 本音
「ケーキケーキ、ふんふん♪」
今は夕飯の買い出しを終えたあとに二人で寄ったケーキ屋に向かうところ。
どうやらリアラはそれが楽しみでしょうがない様子。
しかしこうも思った通りの反応を示してくれると扱いは随分楽なものだ。
だとしたらどうして、俺はリアラと別れようなんて考えたんだろう。
……いや、いっぱいあるか。
「ねえ、絶対にチーズケーキとショートケーキは買ってよ。あと、フルーツタルトにティラミスも」
「どんだけ食べるつもりだ。それにお前、倹約する修行とやらはどこいったんだよ」
まず、節操がない。
甘いものをみると落ち着きをなくすという属性を、あの頃は愛おしいとすら思っていた。
まさに恋は盲目。
スイーツ狂の彼女を見ながら「俺が毎日ケーキ買ってあげるよ」なんて思っていたあの日が懐かしい。いや、痛々しいな。
「ねえ、早くしてよケーキ売り切れてたらマジで許さないからね!」
「あー、はいはい」
「ちょっと、ちゃんと持たないと卵割れるでしょ」
「文句ばっかり言いやがって。お前が持てよじゃあ」
「そういう短気なところ、なおしたほうがいいと思うわよ」
ごもっとも。
俺は気が短い。
よく知っている、さすが元カノだと褒めてやりたい。
しかしだな、お前にだけは言われたくない。
最も、指摘をうけたらすぐに改めるのが俺とこいつの違うところ。
たしかに短気は損気なんて言葉もあるし、こんなガキみたいなのにいちいち噛み付いていてもエネルギーの無駄というもの。
一度落ち着いて……
「あ、めっちゃ人いる! 早く行かないと」
「はいはい」
「早くってば! グズ!」
「短気はどっちだよほんと……」
俺たちが向かったケーキ屋はいつも大繁盛だ。
カップルに大人気のこの店はいつも店内は満席。
外には持ち帰りの客が大勢の列を成す。
そんなところにこいつと、二人で並んでいると、一体自分は何をしてるんだとため息が出る。
確かにリアラと来たいと思っていた。
ただ、それは過去形だ。
今、この場所に一番来たくない人物はと聞かれたら間違いなくこいつ。橘リアラ。
でも。
「見て! すっごいおいしそうだよ! わー、これ全部買ってもいいかなあ?」
「いいわけあるか。嫁力ゼロかお前」
「よ、嫁とか言わないでよ!」
「はいはい、冗談だよ」
「そ、そう。うん、でも連れてきてくれて、その、あ、ありがと……」
「……ああ」
それが誰であっても、感謝されるのは悪いことじゃない。
まあそれでもさっさとこの場所を離れたいことにかわりはなく、迷いまくるリアラにあーだこーだ言ってケーキを選ばせて、家に帰ることにした。
「いい店だったわ。うん、また行こっと」
「どうでもいいけどお前、生活費はいくらもらってんだ? 俺、バイトとかしてないから金ないぞ」
「知ってるわよ。一応、予算は決まってるからその範囲でやりくりしてみなさいってのがお父様の方針。あまり無駄遣いはできないわ」
「で、いくらなんだその予算ってのは」
「うーん、五十万円くらいかなあ? あはは、全然足りないよね、二人で生活するのに」
「……」
そうだ。こいつはお金持ちなのだ。
基本的に金銭感覚が人よりワンランク上だ。
それもはっきりいってストレスの種だったのを今思い出した。
それに何が嫁修行だ。
そんなに金持たせて倹約家になんてなれるもんか。
バイトでもさせた方がマシに決まってる。
「なんか、お前の親って厳しそうで甘いよな」
「そう? まあ、怒られたこともないけどこれだけは絶対ってルールも結構多いのよ」
「例えば?」
「うーん、誕生日とかクリスマスとかは何があっても絶対お祝いするし、学校行事の後には必ず外食だし」
「ただのいい家庭じゃねえかよ」
「そ、それにお小遣いはなし。その代わり欲しいものといくら必要かを言わないとお金くれないの」
「で、くれるんだろどうせ」
「うーん、断られたことはないかな?」
「……」
なるほどだ。
どうしてこいつがこんなにもわがままなのかが今の会話でよくわかった。
親が甘すぎる。
付き合ってた頃は、親の話までしなかったしただただこいつの性分だと思っていたが、こんなに甘やかされて育ったんじゃあ仕上がりはもちろんこいつみたいになる。
ほんと、金持ちってのは感覚がズレまくってる。
別に別れた女のことだからどうでもいいけど。
それでも、今はこいつと一蓮托生。
せめてその腐った根性だけでもどうにかしたい。
「お前、ほんとにいい嫁さんになりたいって思ってるのか?」
「な、なによ急に。それは当たり前よ。いい女になっていつか結婚する相手の人に喜んでもらいたいし」
「そっか。まあ、それは応援するわ。頑張れよ」
「な、なんなのよ一体」
「いや、別に」
ちょっとだけ。
ほんとちょっとだけこいつと自然に話せて嬉しいと感じた自分もいた。
だけど、こいつは元カノ。
俺の嫁でも、婚約者でも、もちろん彼女でもない。
だから、早くこいつが本当に好きな人を見つけて、そいつと同棲するのが一番だ。
「俺も、お前に協力するよ」
「な、なにが? 元々そうやって言ってたじゃん」
「いや、そうじゃなくてこれからの話。お前がいい男見つけて、そいつとうまく行くように応援する。そうしないと、見合いは嫌なんだろ?」
「え、うん、まあそう、だけど」
「一応幼なじみだし、お前が変なおっさんと結婚するのは俺もちょっとな。ま、頑張ろうぜ」
「……そだね」
こんな嘘の関係さっさと終わらせたい。
そもそも嘘なんて好きじゃないし。
でも、嘘をついたついでで、また嘘を重ねてしまった。
本当はお前がさ。
他の誰かと結ばれるなんて。
嫌なんだって、心のどこかでそう思ってしまってるんだ。
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