第31章 謎まみれの少女

 やれやれまったく、神様は不公平だよ。なんであいつに、顔も身長も、頭脳も身体能力も、そして本来ビュームが使えないはずの魔法まで与えたんだよ。俺もう完全に下位互換じゃん……


 未だ唖然としているリリエルを視界の端に収めながら、俺は行き場のない不平不満を神にぶつけていた。


 ビュームとは、脅威的な身体能力の代わりに一切の魔力を排除した、獣人のような見た目の種族のことである。しかしどこにでも例外はあるもので、ほんの一握りではあるが、この世には魔法が扱えるビュームも存在している。

 もちろん、エルフやドワーフほどの魔法適性はないのだが、高い身体能力に魔法が掛け合わさった時の突破力は凄まじく、百年前の戦争でも獅子奮迅の活躍を見せていたのだとか。


 そのためか、魔法至上主義のこのアーケニッヒでも、そのような魔法が扱えるビュームは、この都市のカースト上位に位置している。


 あいつがあそこまでモテるのは、こういった価値観的な背景も大きいのだろう。


 勝手に俺がねていると、群がる女生徒たちからようやく抜け出したグラスが、こちらに駆け寄ってきた。


「ごめん待たせた、シノ、後輩ちゃん。一人ずつ対応すんのに苦戦しちゃってさ」

「よぉイケメン、人を待たせておきながら、女の子にちやほやされるのってどんな気分か教えてくれよ」


 本当に悪戦苦闘していたらしく、肩を上下させているグラスに、だが俺は容赦のない言葉を投げつけた。


「ひ、ひがむなよ……、ゆうてシノも中の上くらいはあるだろ」

「お前に言われると嫌味にしか聞こえねえよ」


 グラスが呆れた目で見てくるが、俺は一々そんなことは気にしない。


「それにしても、お前はいつまでぽかんとしてんだ?」


 グラスといつも通りの茶化しあいをしている間、口を半開きにして呆けていたリリエルに、俺は話の矛先を向けた。


「へっ!あ、いや、すいません。あまりにも私にとって都合がよかったので、ちょっと驚いちゃって……」

「都合?なんだよそれ」

「気にしないでください。こっちの話です」


 いきなり話しかけたのもあると思うのだが、リリエルにしては珍しく、要領を得ない曖昧な答えが返ってきた。というかこいつ――


 少しの違和感を覚えた俺は、それを直接リリエルに口にしてみた。


「なんかお前、少し見ない間に雰囲気明るくなった?魔力も前より、若干増幅してる気がするし」


 こいつが学院に通うようになってから、ギルドで顔を合わせる機会がなかったので、会うのは実質一週間ぶりとなる。そのせいだろうか、なんだか以前より話し方が柔和にゅうわになっている気がしたのだ。ほんの少しだけだが……


 だが当の本人にはあまり自覚がなかったのか、俺の言ったそれに対し、不思議そうな顔をしていた。


「そうですかね?久しぶりに同級生と交流してリラックスできましたし、最近は大会に向けて特訓もしてるので、そのせいじゃないですか?」


 ただの思い過ごしか?俺への好感度が上がったということは間違いなくないだろうし、単にしばらく距離を置いたことで、気持ちに余裕ができたのだろうか。


 ひとまず俺がそう結論づけたところで、そろそろ仕事に取り掛かるために、グラスがこの場を統括してきた。


「よし!なんだかんだで三人集まったし、さっさと理事長室に乗り込むか。じゃあ後輩ちゃん、道案内よろしく!」

「やっぱりそうなるんですね……」


 リリエルに先導役を丸投げしたグラスではあったが、部外者の俺らがマップを把握しているはずもなかったし、こんな広大な学院をしらみつぶしに捜索していては、日が二回ほど暮れてしまうだろう。


 リリエルもそれはわかっていたのか、もう諦めたような顔をしていた。


「でもその前に、クラスの皆に一言置いてきたいので、少し待っててもらえませんか?」

「うん、いいよー」


 グラスがあっさり送り出すと、リリエルは同級生たちの方に小走りで離れて行った。


「なぁ、シノ。ちょっといいか?」

「……なんだよ」


 ちょうど二人きりになったところで、グラスが俺に話しかけてきた。というか、この状況を作るために、リリエルをすんなり行かせたのだろう。


「今回の任務さ、何事も無く終わってくれると思う?」

「不穏なこと言うなよ……。まぁでも――」


 グラスが嫌な予感を抱くのも、無理はないだろう。なにせ今回の任務、明らかに不審な点が一点ある。それは――


「話を聞きに行くだけの仕事に、普通三人もかないよなー」

「だよなー」


 そう、例え相手が国の官僚であり、聞き込む内容が他言しづらいものであったとしても、わざわざこんな大所帯で出向くような任務ではないはずなのだ。実際、姉さんや師匠は、一人で他の議員たちの元に赴いている。


 俺が悩みの種を言い当てると、グラスはどうしたものかと一人うなっていた。


「うちのギルド、裏では結構名が知れてるし、議会との信頼もそこそこ築けてるだろうから、話を渋るなんてことはないと思うけど……」


 だが俺はそのことについて、なんとなく予想を出していた。あくまでも憶測なのだが……


 せっかくあいつがいないタイミングなので、この際考えは共有しておいたいいと思った俺は、少し遠回しな言い方で始めた。


「俺らが今から話すメイガスって議員。スズランと一番交流があった議員らしいぜ」

「……ほうほう」


 それを聞いたグラスは、俺が言いたいことを察したのか、興味深そうに相槌をうっていた。


「この前グラスたちも、一緒に聞かされたと思うけど――」

「あれだろ?リーダーがさりげなく爆弾発言放り込んできたやつ」

「そうそう」


 ちょうど一週間前、でギルドの会議が行われた。その会議では、今回の任務の割り振りをした後、とうとう俺は、スズラン殺害の詳細を他のメンバーに打ち明けることになった。


 スズランが自分から致命傷を受けに来たこと。それを自分の娘に見せるために、タイミングを見計ってやったこと。俺はそれら全てを赤裸々に語った。しかし、姉さんたちも初めは少し驚いた様子を示していたが、思っていたよりも皆冷静に話を聞き入ってくれていた。


 そして、今グラスが言っているのは、会議の終わり際にリーダーがついでのように言い放った、リリエルの素性についてだ。


 俺の話を食い気味に遮ったグラスは、尚も続けた。


「でも意外だったな。話の内容もそうだけど、シノが後輩ちゃんヘの態度を一切変えなかったからさ。普段ならこんな怪しい話に首突っ込まないのに」

「あいつに普通に接するように約束させたの、お前じゃねーかよ」

「はてさて、なんのことかな」


 こいつ、すっとぼけやがって……


 確かにグラスが言うように、俺は自分の手に余るような面倒ごとは、とある出来事から基本的に避けるようにしている。


 けれど何故か……、本当に何故かわからなかったが、グラスとの約束とは別に、俺はあいつのことを遠ざけようという気には全くなれなかった。


 なんというか……、あいつは以前の自分に――


「すいませーん!お待たせしましたー!」


 俺が気恥ずかしい言葉を思い起こそうとしたその時、本当に一言だけだったらしく、急いでこちらに戻ってきているリリエルが声を張り上げてきた。


 会話内容を悟られないように、一瞬で態度を切り替えたグラスは、リリエルを陽気に迎えた。


「おぉ、早かったね」

「はい。今日は任務の後にやらないといけないこともあるので、少し巻いてきました」


 うーん、外見的にはどう見ても普通のエルフなんだよなー。


 いつもの俺への態度とは打って変わって、グラスには普通に接するリリエルを横目に見ながら、そんなことを考える。


 リーダーが投下した爆弾発言――


『そういえば、皆さんはリリエルさんのことをエルフと思ってるようですが、実は彼女ので、ちょっとだけ念頭に置いといてくださいね』


 じゃあなんなんだよ……。というか、謎だけ残していなくなろうとするな!


 多分他の皆もそう思っただろうが、「特にシノさんは」と言い残して、結局リーダーは去っていってしまった。


 リリエルがエルフじゃないならば、真っ先に疑問にあがるのは、母親であるスズランの素性だ。仮にリリエルが他種族との混血だったとすると、議員であったスズランから異種族婚の情報が出てこないはずがない。

 そうなってくると、増々リリエルの正体がわからなくなるのだが……


「それじゃあ理事長室に案内しますが……、グラスさん目立たないでくださいね?」

「……まぁ、善処は尽くすよ」


 リリエルが、周りのギャラリーの目を気にしながら歩き始めたので、俺は考えるのを一時中断した。


 いよいよだな。今回の任務で、絶対にあの夜の真相を突き止めてやる……


 任務とは別に、個人的な決意を新たにした俺は、先を行く謎まみれの少女と、頼れる元相棒の後を追い始めた。

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