第30章 知らない好青年

「ねぇリリエルちゃん、あれ何かな?」

「ん?本当だ、なんだろう……」


 レイアちゃんに秘策を伝授した後、二人でクラスメイトのところに戻っていると、Sクラスのいた場所と、そこから少し離れた中庭の中心近くに、それぞれ人だかりができていたのが見えてきた。


 遠くからなので状況はよくわからないけれど、なんとなく嫌な予感が……、まさか!


「もしかして!またAクラスの人たちが!」

「えっ!?そ、そんな……」


 レイアちゃんと顔を見合わせ、私たちは急いでSクラスの方にできていた人だかりに駆け寄った。


 断片的ではあったが、その人だかりからかすかに声が聞こえてくる。


「そ……んだー!他には……」

「おいお……こっちだ…聞きた……」

「あはは、ま……よー」


 ってあれ?なんだか楽しそう……


 そう、人だかりの中からは緊迫した喧騒――ではなく、アットホームな談笑が聞こえてきたのだ。


 どうやら私たちの心配は杞憂きゆうに終わったみたいですけど、それならそれで一体何をしているんでしょうか?


 レイアちゃんも同じ疑問を抱いたようで、不思議そうに顔をかしげている。


 そうこうしているうちに、人だかりまであと十数秒という距離になり、視覚的にも何が起きているのか鮮明になってきた。そこで私は、その中心に目を向けて――


「って、え!なにしてるんですか!?」


 驚きのあまり、思わず大声を出してしまった。


 私の急な大声に、肩をびくっと震わせて驚いていたレイアちゃんは、いまいち状況が掴めていないのか、私と、人だかりの中心にいたを交互に見つめていた。


 と、その彼もいい加減こちらに気づいたようで、Sクラスの皆に一言断ってから、こちらに向かってきた。


 小走りでこちらにやってくる、白髪赤目のその青年を、私は見紛うはずもない。だって彼は、私のお母さんを殺めた――


「待たせてごめん!せっかくのリリエルの晴れ姿だってのに……、本当にごめん!」


 張本人なんだから……。え?あれ?誰だろう、この爽やかな青年は……


「あの、すいません。どなたですか?」


 エルフの装束に身を包み、本当に申し訳なさそうに謝るその青年にむけて、私は意図せずそんなことを言ってしまった。いやだって、あまりにも普段と印象が違うんですもん。


「いや、あの……、シノだけど……」


 私と、反応に困った様子のシノさん(自称)と、彼と話していたSクラスの間に気まずい沈黙が流れた。


 と、そんな微妙な空気が漂う中、クラスのリーダーでありムードメーカーでもあるカイル君が、心機一転、明るく乱入してきてくれた。


「おいおいリリエル、そういう冗談はよくないぜ?ほら、この人はお前の従兄妹いとこのシノさんだろ?」


 そんなカイル君の紹介に預かり、改めてシノさんも口を挟んだ。


「ごめんねカイル君。リリエルと会うのは久しぶりだから、忘れられちゃってるのかも……。それにしても、リリエルのクラスメイトは本当に皆親切で、親戚しんせきとして俺も安心したよ」

「いやー、それほどでもー」


 シノさん(詐称)に褒められたクラスの皆は、口を揃えて謙遜しながらも、まんざらでもなさそうに頭を搔いている。


 というかなんでこの人、こんなにもクラスに打ち解けてるんでしょうか……


 未だに少し混乱している私は、訝しげな視線をシノさんに向けながら、「少し向こうで話そう」という意味合いを込めて、中庭の隅を指さした。


 どうやらシノさんもサインに気づいたらしく、一度皆の方に向き直ると、素敵なスマイルで別れを告げた。


「ごめんよ、少しだけ席を外すね。皆も練習頑張ってね!」


 いやもう本当に誰なんですか……


 私はシノさんの腕を強く掴み、急いで皆の元から引き離した。そして、先ほどさした場所に着くなり、早速本題を切り出した。


「それで、なんでいきなりキャラ変えなんてしてるのか、理由を話してもらえますか?」


 一瞬、キョトンとした様子のシノさんでしたが、会話が聞こえる範囲に人がいないことを確認すると――


「愛想のあるキャラを演じた方が、他人に警戒されにくいだろ。それにお前の方こそ、ある程度はこっちの意図を汲んで合わせてくれても、よかったんじゃないのか?」


 いつものクールな調子に戻って、本音をさらけ出してきた。


 あーよかった、やっぱりシノさんだった。


 直前まで正体を疑っていた私は、それを聞いて少し安心した。


「いやまぁ、なんとなく変装してるのかなとは思ってましたけど……。でも服装はともかく、なんですかそのチープな付け耳は……、そんなのでよくばれませんね」


 そう、シノさんはエルフの装束を着込んでいただけでなく、その耳には作り物のエルフ耳が付けられていたのである。


 アーケニッヒでは、魔法適性の低いヒューマや、そもそも魔法が扱えないビュームを蔑視する風習が根強く残っている。そのためか、この大会におけるヒューマの来場者数は決して多くない。

 なのでシノさんは、変に注目を集めないよう、エルフに変装しているんでしょう。


 そんな私の予想が当たっていたのか、シノさんは少し自慢げに自分の恰好を見せつけてきた。


「そう思うじゃん?これが意外とばれないんだよ。種族の外見的差異なんて、所詮はこの程度の違いだってことを痛感するよ」

「まぁ確かに、かく言う私も、最初はシノさんをヒューマだと思ってませんでしたしね……」

「特に俺の場合は、この髪色がいいカモフラージュになってるんだよな。ストレスで白髪になったけど、悪いことばっかじゃないんだな」

「昔何があったんですか……」


 話が脱線してきたけど、任務の話の前にもう一つ聞きたいことがあったので、私は路線を一度修正した。


「あと、どうしてあんなにクラスの皆と打ち解けてたんですか」

「あー、それなんだけどさ……、もう最初から話すか。俺が学院に着くまではよかったんだけど、お前の居場所が分かんなかったから、とりあえずお前のクラスの所に行ってみたんだよ。そしたら、そこにもお前いなかったから、もしかしてサボってんじゃないかと思って、あのカイルって子に『今日、リリエルという子は来てますか?』って聞いたんだよ」


 カイル君に尋ねた時の様子を、即座に切り替わった爽やかシノさんモードで話したので、私は少しぎょっとした。

 そんな私を気にせず、尚も続けるシノさん。


「そしたらあの子、なんかやたらと俺に関心持ってさ。根掘り葉掘り聞いてくるのをちゃんと答えてたら、いつの間にか俺がお前の従兄妹いとこになってて、いつの間にかクラス全員でお前の話で盛り上がって、そしたらいつの間にか仲良くなってたわ」

「カイル君のコミュ力すごすぎ……」


 しかし、口には出さなかったけれど、本当にすごいのは実はシノさんなのかもしれません。なにせ、仮にも部外者である人間が、既に形成された人間関係の輪に一瞬で溶け込んでいるのですから。

 シノさんの他人の顔色を伺う洞察力、並びに、人前で自在に表情を変えるその演技力――やっぱりこの人も、底が知れませんね。


「それにしても、この後はどうするんですか?まずはグラスさんと合流し――」


 と、内心での分析も程々に、いよいよ私が仕事の話に持ち込もうとしたその時――


「きゃーー!」

「やっぱり、かっこいいなぁ」

「流石はグラス様!」


 それは先ほど見えた、もう一つの人だかりからの黄色い歓声によって、打ち消されてしまった。


 もう、うるさいですね、学院の中ですよ……。ん?なんか耳なじみのある名前が聞こえたような……


 私がその人だかりの方を見やると、シノさんが何かを思い出したかのように話しかけてきた。


「あー、お前はファッション誌とかあんま興味なさそうだし、これまで隠居生活みたいなのを送ってきてたから、知らないかもだけど――」


 シノさんはそこで一旦言葉を区切り、顎で人だかりの中心を指した。改めて私がそちらを向き、そして固まったところで再び続けた。


「グラスってさ、誰もが知ってるような、今を時めく人気モデルなんだよね」


 視界の先、そこには、他の女子生徒たちに詰め寄られながら、困ったように苦笑しているグラスさんがいた。

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