第29章 レイアの信念

――大会まであと七日――


 今日はグラスさんが学院に来る日。そして、ビクトリカ先輩の父親でもあるメイガス理事長とコンタクトを取り、議員内の動向を探ることとなっている。


 しかし、グラスさんは急な仕事が入ってしまったらしく、午後から合流することに、シノさんは着替えに手間取っていて、先に行くように言われてしまい、仕方がないので今日も一人で登校してきてしまった。

 そして、昨日までと同じようにクラスメイトとの実戦練習を行い、今に至る。


 というかシノさん、女の私より着替えに時間をかけるだなんて、一体どんな服を買って来たんでしょうか。


「はぁ……」

「リリエルちゃん、なにか嫌なことでもあったの?」


 思わずため息をこぼしてしまっていた私に、ちょうど実戦練習をしていたレイアちゃんから心配の声がかけられる。


「あっ、ごめんなさい、なんでもないよ……」

「う、うん、それならいいんだけど」


 私が歯切れの悪い返しをしてしまったせいか、レイアちゃんはそれ以上問い詰めてくることはなかった。


「そうだ!ねぇリリエルちゃん、今日の私の魔法、どうだったかな?この調子なら、大会でも成果を出せるかな?」


 と、微妙な空気間になってしまったのを察してか、レイアちゃんは別の話題を持ち出してきた。


 今の調子でか……


「……レイアちゃん、少し向こうのほうで休まない?」

「え?うん、いいよ」


 私はその問いの答えを教える前に、レイアちゃんにずっと抱いていた疑問を聞いてみることにした。


 まだ大会一週間前だというのに、お祭り騒ぎのように人だかりのできた中庭を抜け、人通りが少なく、校舎の陰になっている狭い通りまで出る。

 そこに建てつけてあったベンチに、二人で座ったところで、私は本題を切り出した。


「問いに問いで返すようなんだけど……。レイアちゃんはさ、どうして戦うことをそんなに嫌がるの?」

「えっ?」


 私の話すことがあまりに予想外だったのか、レイアちゃんは、きょとんとした表情を浮かべる。


「最初からレイアちゃんの実力は疑ってないよ。このクラスの中でも、一際魔力量が多いし、それを魔法に紡ぐセンスだってずば抜けてるんだもん」


 魔導士の実力というのは基本的に、自身の身体に流れる魔力の総量と、その魔力を魔法にするために、体内の魔力の流れを操作する上手さで決まる。

 初めてブラッドウルブスのアジトを訪れた際に、他の人たちが私の実力を認めてくれたのは、私の身体に循環する魔力を感じ取っていたのが理由だ。


 そしてレイアちゃんは、その二つともに、一流以上の才能を持っている。学院内で散々先輩を打ち負かしてきた私でも、本気のレイアちゃんと戦えば、勝てるかどうかは五分五分の勝負になるでしょう。けど、


「けどね、今のレイアちゃんからは、なんというか、戦うことへの躊躇ためらいみたいなのを感じるの……。だから、それを払拭しないことには、大会でもあまりいい結果は……」


 私が最後の方を濁したところで、それまで大人しく聞き入っていたレイアちゃんが続けてくれた。


「……そっか、やっぱりそうだよね……言いにくいことなのに、思い切って話してくれてありがとう……」


 申し訳なさそうに話してしまった私に、こちらも少し申し訳なさそうにフォローを入れてくれるレイアちゃん。


 物言いから察するに、本当は自分でも勝機が薄いことをわかっていたのでしょう。


「ねぇリリエルちゃん、少し昔のことになるんだけど、話してもいいかな?」


 気まずい沈黙が続くのかと身構えた矢先、レイアちゃんがこちらは見ずにそう聞いてきた。


「うん……」


 私が頷くと、レイアちゃんは意を決したように一度深く息を吐いてから、自分の過去を話し始めた。


「私のお父さんはね、私が物心ついてすぐに死んじゃったんだけど、百年前の戦争で、多くの戦地で、多くの戦果を挙げたすごい人だったんだ――」


 百年前の戦争というのは、もちろんあの星壊せいかい大戦のことでしょう。


 種族間の力の優劣を決めるという、本当にくだらない理由で続いていたその大戦では、一度戦地に赴いた者が二度と帰ることはなかったと言われるほど、苛烈な戦いをしていたという。

 そんな中で、何度も戦地に赴き、そして生還してきたというレイアちゃんのお父さんは、相当な実力を持っていたんでしょう。


「でもお父さんは、それをすごく後悔してた。たくさんの他種族の人たちをあやめて、たくさんの仲間が隣で死んでいくのを見て、結局自分のもとには、勲章以外何も残らなかったって」

「…………」

「それでお父さんは死ぬ直前に、私にこう教えてくれたの。『お前のその魔法は、誰かを傷つけるためじゃなくて、誰かを守るために使いなさい』って。それからかな?私が対人戦を避けるようになったのは……」


 一通り話し終えたレイアちゃんは、辛気臭くなっちゃってごめんね、といつもの優しい声色で言って、笑いかけてきた。


 普段は引っ込み思案なレイアちゃんだけれど、今の話を聞いてみて、本当に強い人間というのが、どういう人なのか実感できた気がします。


 だったら私がしてあげられることは――


「……私は、レイアちゃんのその決心を捻じ曲げてまで、レイアちゃんに勝ちにこだわらせる気はありません」


 私が言ったそれを、レイアちゃんは自分がチームへ貢献することの諦めととらえたのでしょう、申し訳なさそうに眉をひそめる。


「で、でも……」

「ですがもし、その守りたい人たちの中にSクラスの皆が含まれているのなら、私に作戦があります。ちょっと耳を貸してくれませんか?」

「う、うん!」


 近くに誰もいないことを確認した私は、レイアちゃんの耳に顔を近づけ、その作戦をひっそりと告げた。


「コソコソコソ……。それで最後は、この紙に書いてあることを対戦相手に向かって吐き捨ててください」


 作戦を伝えた私は、ついさっき速攻で書きなぐった、半折りのメモ用紙をレイアちゃんに手渡した。


「そ、それだけで勝てるの?」


 しかし、私の作戦を聞いたレイアちゃんは、尚も不安そうな顔を向けていた。それもそのはず、私は今の話で最後にどうやって勝つのまでは教えていなかったのだ。


 かといって、ここでそれを話してしまうと、優しいレイアちゃんのことです。絶対嫌がるに決まっています。なので、ここは適当にごまかしましょう。


「はい、必勝法です。あっ、この紙は本番までは読まないでくださいね、効果が激減しちゃいますから」

「わ、わかった。でも大丈夫かな、もしちょっとでも狙いが逸れちゃったら、相手に大怪我させちゃうよ……」

「レイアちゃんならきっと出来ます、少しは自信を持ってください」


 それに、レイアちゃんが本当に心配すべきなのはそこではなくて――いや、今はやめておきましょう。


「レイアちゃんの信念、私にもしっかり伝わりました。皆で勝ちましょうね」


 それを聞いたレイアちゃんは、この前再開した時のように、顔をぱぁっと明るくした。


「うん!」


 確かに相手は傷つけてないですし、問題ない、ですよね……


 そんな素直なレイアちゃんを見た私は、作戦が作戦だけに、なんとも言えない罪悪感に包まれるのでした。

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