第28章 難癖と因縁と陰謀

――大会まであと十日――


「うん!ゾーイ君も大分仕上がってきたね、相手の動きがよく見えてる。でも惜しいのが、せっかく風魔法の速射が得意なのに受け身に回ってるんだよね。だからもっと攻撃に重きをおいてもいいかも」

「サンキューなリリエル、今日は参考になったぜ」

「ふふっ、どういたしまして」


 特訓が始まってから四日目、今日はより実戦形式に近づけるため、クラス総当たりの模擬戦をしていた。そしてこの四日間で、クラスメイトのレベルは格段に上がっていた。


 同じ目的を持って高め合える存在がいると、成長は早くなるものですけど、正直ここまでのものだとは思っていませんでした。ただ一人を除いては――


「レイアお前ー!!」

「ふぃぃーー!?」


 ふと目をやると、カイル君がレイアちゃんを叱咤しったするという、昨日も一昨日も見た光景が広がっていた。


「なんで今日も全部引き分けなんだよ、逆にすごいわ」

「そ、そのね、相手に攻撃しないで勝ち上がれる方法もあるかと思――」

「判定ぃーーー!!」

「ひぃ!?」


 最初は他の子が止めにも入っていたけれど、今では皆苦笑するだけになってしまっていた。さすがにこの漫才を毎日見せられていては、止める気がなくなるのも無理はない。


 とはいえ、レイアちゃんもやる気がないわけではないんですけどね。相手の魔力切れまで守りに徹するという今の戦法も、攻撃を躊躇してしまうという課題を自分なりにどうにかしようとした結果なんでしょう。


 でも大会における勝ち負けは、戦闘不能になるか、相手が降参するかの二択で決まる。判定勝ちはないうえに、露骨な持久戦術は観客の反感を買ってしまう恐れがある。


 レイアちゃんが一番可能性があるのに、どうしてあそこまで戦いを拒むんだろう……


 どうすればレイアちゃんも乗り気になってくれるのか考えていた、その時だった――


「ねぇあなた達、いい加減そこから立ち退いてもらえないかしら、他の方々の邪魔になってるわよ」


 ――この声は!?


 中庭で魔法の練習をしていた私たちに突然、高貴な、それでいてどこか傲慢さを感じる声が投げかけられる。


 声の主は、私たちが今まさに打倒しようとしているAクラスの中心人物。理事長の一人娘のビクトリカ先輩だった。おまけにいつものその取り巻き連中も引き連れている。


 クラス全員に緊張が走る中、一同を代表してカイル君が異議を唱えてくれた。


「先輩、言いがかりはやめてもらってもいいですか。校舎内の使用は大会出場者に優先されますし、なにより魔法の練習でここを使うのって定番ですよね」


 しかし、カイル君の必死の訴えに返って来たのは、嫌味がふんだんに含まれた嘲笑だった。


「あら、それは失敬、まさか負けるために大会に出るようなマゾヒストがいるとは思ってもみなかったので……。青二才サニーの分際で面白いこと言ってくれるじゃない」


 あれほど賑やかだったクラスの雰囲気が、どんどん暗くなっていく。


 あんまりこの人たちとは関わりたくないんですけど、ここは一つ言ってやりますか……


「カイル君が青二才サニーなら、先輩方はさしずめ老いぼれですね」

「――あ、あんたは!」


 それまで余裕綽々よゆうしゃくしゃくだったビクトリカ先輩の顔が、一気にこわばる。


「また来てたのねリリエル、てっきり怖気をなして逃げ出したのかと思ってたわ」


 しかしすぐに持ち直したビクトリカ先輩は、あくまで見下すような態度で尚も続けてくる。言っていることが半ば的を射ているけど、それを肯定する義理もないでしょう。


「いえいえまさか、先輩のメンツのためにわざと距離を置いといたんですよ」

「――くっ、相変わらず生意気な小娘ね!まぐれで勝ったからって、調子に乗らないでもらえるかしら」


 そう、全てはこの人とのあの対戦から始まった。


 二年前、Sクラスの記念すべき一期生となった私たちは、入学早々、学風を知るという名目でAクラスの授業を見学することになった。


 その際、入学当初から学院で主席を取り続けていたビクトリカ先輩と、魔法の親善試合をすることになり、私はそこで先輩のことを完膚なきまでに打ち負かしてしまったのだ。


 主席に勝った新入生の噂はすぐに広まり、その結果、興味本位で私に決闘を申し込んでくる先輩方が殺到。片っ端から相手をしていく内に、私のことをよく思わない人たちも現れ、今の状況に至るわけである。


「調子になんて乗ってないです。先輩の方こそ、たった一回の負けをいつまでも根に持たないでくださいよ」

「私は竜人議会の議員であるお父様の娘なのよ!そもそもあなたのような下民が、この私に勝っていいわけがないのよ!」


 先輩はとても悔しそうな表情を浮かべながら、尚も悲痛に続ける。


 それにしても、なんとも理不尽な言いがかりである。というかこの人、それに他の先輩方も、私も議員の娘であることを知らないのでしょうか、まぁそっちの方が好都合ではありますが……


「どうせあなたも大会に出るのでしょう?大勢の前で無様に負かしてあげるから、覚悟してなさい」

「……あの、先輩」


 嫌味をまくし立て、そのまま立ち去ろうとする先輩を呼び止める。もとより私は、こんなことを言われるために異議申し立てたわけじゃない。


「先輩、私のことを敵対視するのは構いませんが、あまりクラスの皆を舐めない方がいいですよ」


 私が先輩に言いたかったのは――


「たとえビクトリカ先輩がどれほど偉い人だろうと、Aクラスの壁がどれほど高かろうと、最後に勝つのはSクラスの皆ですから」


 ビクトリカ先輩をはじめとした、Aクラスの先輩全員が私に怒りを露わにする。


「くっ、下民が!覚えていなさい!今のセリフ、絶対に後悔させてやるわ!」


 しかし、この騒ぎに他のギャラリーが集まってきたためか、ビクトリカ先輩がそう言い捨てると、それ以上は何をするでもなく、足取りを荒げて去っていった。


 それを確認した後、私はみんなの方に向き直り――


「というわけで皆、これからも――」

「よく言ったーー!!」


 気持ちを新たに練習を再開しようとしたところで、クラスから歓声が上がった。


「えっ?ど、どうしたの?」


 そ、そんな大したことは言ってない気もしますけど……


「いやお前、ビクトリカ先輩によく言ったぜ、俺ら怖くて言い返せねーよ」

「そうそう、理事長の娘さんだから、下手なこと言ったら退学させられるのに」


 あれ?それ非常にまずくないですか……


 ビクトリカ先輩が理事長の娘であることは、もちろん知っていたけれど、そんな風に権力を盾にしているとは思ってもいなかったのだ。


「だってのに、先輩を老いぼれ扱いだぜ!普段散々コケにされてるから、スカッとしたわ」


 ま、まぁ、いくら先輩でも、こんな時期にそんな横暴は働けないはずです……。よね?


 クラスの祝福ムードの中、私は焦燥感に駆られていた。


        ***


「どうかお願いしますわ、お父様!ある小娘を私と大会で当たるように操作してくださいまし」


 学院の理事長室を訪れたビクトリカは、座ったまま後ろを向いた初老のエルフに頼み込みをしていた。


「私におねだりとは珍しい……。それにお前ほどの実力があるのなら、トーナメントの当たりなど気にしなくとも、十分に優勝が狙えるであろう」


 椅子を回転させて振り向いたそのエルフ、メイガスは、本当に珍しそうな口調でそう返した。


「そうではなくてよ、ただ礼儀のなっていないその小娘に、先輩として指導してあげようと思ったまでですの」

「ふふふ、お前にここまで対抗心を燃やさせる子がいるとは興味深い。その娘の名を言ってみなさい」


 ――この時、親身に聞いているように見えたメイガスは、内心ではビクトリカの頼みを断るつもりでいた。竜人議会の一議員として、権力の乱用は避けたかったからである。


 しかしそんな彼の考えは、娘の口から発せられた名前によって、大きく変えられることとなる。


「Sクラスに在籍している、リリエルという生徒ですわ」

「リリ……、そうかついに」


 一瞬、メイガスの目が大きく見開かれる。


「お父様?」

「あぁ、失礼……。そのリリエルという子は、しばらく休学していた子で間違いないかな?」

「そうですわ、よくご存知ですわね」

「お前を負かした新入生ということで、噂になっていたからね」

「――くっ」


 普段通りの落ち着きを取り戻したメイガスは、悔しさに表情を歪めるビクトリカを一旦そのままにし、少しうつむいて思案に耽る。


 そして、即座に結論を出したメイガスは、再びビクトリカに向き直って、出した答えを告げた。


「わかった、今回だけは特別に手を回そう」

「本当ですの!?」

「その代わり、絶対に手加減だけはしないように、いいね?」


 厳格な父の性格を知っていたビクトリカは、すんなり要求が通ったことに驚きつつも、宿敵に雪辱を果たせることに喜びを感じていた。


「もちろんですわ、お父様の名に懸けて、必ずや勝ってみせますわ」

「期待しているよ」


 ビクトリカはそう高らかに宣言し、勝気に満ち満ちた姿勢のまま、理事長室を後にした。


 そして、それを見送ったメイガスは、悟りを開いたかのように独り言を始めた。


「まぁ、今のお前でも、あの子には敵わないだろうが……」


 メイガスが娘のお願いを聞いた本当の理由、それは決して、自分の娘に花を持たせるためではなかった。


「スズランよ、どうやら事は、お前の思い描いた通りに進んでいるようだ」


 メイガスは旧友の顔を思い浮かべつつ、一人静かに笑うのだった――

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