第26章 年少クラスの小さな反乱

 カイル君の話はこうだった――


 私が学園を去ってしばらく後、私のことを良く思っていなかった先輩方は、その矢先をこのクラスに向けるようになったのだそうな。

 最初のうちは、事あるごとに嫌味を言い連ねるだけっだたのだが、嫌がらせはどんどんエスカレートしていき、今ではかなり際どい行いもされているらしい。


 そしてちょうど一年ほど前、カイル君は日に日に沈んでいくクラスメイトを見て、とうとう先輩方に真っ向から立ち向かっていくことを決意。クラスを鼓舞する際に、勢いに任せて『リリエルの仇を取ってやろうぜ』みたいなことを言ってしまったようで、このクラスでは私が死んでいるというのが共通認識になってしまったらしいです。


「それは……、ごめんなさい。皆に迷惑をかけてしまって」


 クラスにヘイトが行ってしまった理由は、少なからず私にあると思い、申し訳なさを感じる。


「そんな、謝らないでよ、リリエルちゃんだってひどい仕打ちを受けてたんでしょ?」


 しかし、それをフォローしてくれるかのように、それまで押し黙っていたレイアちゃんが励ましの言葉をかけてくれる。そしてそれを皮切りに、皆も私に思い思いの激励をしれくれた。


「そうだぞ、悪いのは全面的にAクラスの連中だろ、リリエルが謝る義理はねぇって」

「それにもともとこのクラスって、性質的に嫉妬の対象だったしね、いつかはこうなってたでしょ」


 本当に私は、なんていい仲間に恵まれたのだろう。実際、学院に再び来る決意をできたのは、彼らの存在が大きいと思う。


「み、みんな……、ありがとう」


 クラスメイトに深く感謝しつつ、これからのことを真剣に持ち出してみる。


「それにしても、皆にまで手を出すなんて許せませんね……。カイル君、先輩に歯向かうっていうのは、具体的にどういうことをするつもりだったんですか?」


 すっかりいつもの調子を取り戻したカイル君は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、こちらにビシッと指を向けてきた。


「そのことなんだがな、ここは魔法都市アーケニッヒ、魔法ですべてが決まる街だ。そこでだ……」

「そこで?」


 カイル君は一瞬の溜めを作った後、教室の天井を仰いでこう張り上げた。


「今度の大会で、このクラスから優勝者を出そうと思ってる。魔導士として、正々堂々と決着をつけるってとこだな」

「他の皆はそれを知っているんですか?」

「あぁ。というかこれは、一年前からずっと言ってることだしな」

「そうですか……」


 確かに、国の二大武闘大会でより優秀な成績を出してしまえば、世間的にも私たちのことを敵に回せなくなり、下手な行いはできなくなるでしょう。それならば……


「な、なんか駄目だったかな」

「……」


 少し考え込んだ私に、不安そうに尋ねてくるカイル君。


「クラス全員で大会にエントリーするってことですよね?」

「そ、そのつもりだけど……」

「わかりました。でしたら――」


 私は先ほどのカイル君を真似て、一瞬の溜めを作り、


「どうか私も皆さんに協力させてください」


 クラス全員の方に向き直って頭を下げた。


        ***


「お願いします!どうか大会で最後まで戦わせてください!」


 その日の夜、ギルドに帰り着いた私は、ホールにいたグラスさんを見つけるなり、速攻で頼み込みをしていた。


 今回の任務では、下手に目立った行動をとらないために、私は大会途中で負けることになっている。しかし、クラス一丸で協力しようなんて豪語しておいて、そんな八百長みたいなことは絶対にしたくなかったのだ。


「急にどうしたのさ?昨日まであんなに嫌々だったのに」

「負けられない理由が出来たんです。絶対にギルドのことはバレないようにするので、お願いします!」

「う、うーん、俺が決めてもいいのかな……」


 グラスさんは、無茶なお願いを独断で判断していいのか悩んでいるようだった。


 すると、いつの間にそこにいたのか、私の後ろに音もなく現れたリーダーさんが口を挟んできた。


「うーん、確かにあの優勝賞金には目が眩みますね」

「うわっ!いつからいたんですか!?」


 私の反応はいったんスルーして、リーダーさんは尚も続ける。


「ですがやはり駄目です。大事な仲間を先輩の迫害から守りたいという気持ちはよくわかりますが、本来の目的を見失ってはいけませんからね」

「本当に、なんで知ってるんですか……」


 どこからそんな情報を仕入れたのか私が訝しんでいると、グラスさんはその話の流れから、どうして私がやる気になっているのか、察したようだった。


「何?後輩ちゃんいじめてた奴らが、今度は同級生狙うようになったてこと?見境なさすぎじゃん」

「確かにそうですけど……。グラスさん、うちの学院の早期入学制度はご存知ですか?」

「そんなのあるの?知らなかったな」


 飛び級制度については知っていたグラスさんだったけど、さすがに二年前にできたばかりのこの制度は知らなかったようだった。


「本来アーケニッヒ魔法学院は、18歳以上の人しか入学できないんですけど、もう少し門を広げようということで、12歳以上の学生を特別枠として早期入学させているんです」

「あーなるほどね。優秀な学生には、今の内から唾つけようって感じね」

「根も葉もない言い方ですけど、つまりはそういうことですね」


 グラスさんと話していると毎回思うけれど、この人はやっぱり頭がいい。話の理解が早いし、こちらに理解度を伝えるための要点の押さえ方も上手だ。これ程ストレスなく会話できる人もそういないでしょう。


「普通クラスって、学年とは別で、成績ごとにAからEクラスまで分けられるんですけど、少し特殊なうちのクラスだけは、その枠から外れてSクラスって呼ばれてるんです」

「てことは後輩ちゃんのクラスはその特別枠の子たちの集まりで、扱いも優遇されてるから、前々から少し妬まれてたと」

「もう完璧です」


 グラスさんに説明しながらも、私の心中には不安と心配が蔓延していた。


 確かにSクラスの皆は、特別枠に選ばれるくらいの英俊えいしゅん揃いではある。しかし同時に、一般の生徒に比べて明らかに実戦経験が少ないというのもまた事実。

 カイル君に聞いたところ、Sクラスのまだ誰も大会には出場したことがない(先輩に圧力をかけられて、とてもそれどころじゃなかった)らしいし、一騎打ちで行われる今大会で皆がどう勝ち上がっていくのか――


「リリエルさん、クラスに協力するというのは、なにも自分が勝ち進むことだけではないはずです」


 そんな私の悩みを知ってか知らずか、リーダーさんが落ち着かせるような口調で柔らかく語りかけてきた。


「求めるのは個人の勝利ではなくチームの勝利です。まだ少し時間は残されているのですから、あなたはクラスメイトが勝ち切れるように全力でサポートして、そして信じてあげてください。そうすればきっと彼らは、あなたの期待に答えてくれますよ」

「リ、リーダーさん……」


 そんな先生よりも先生らしい話をするリーダーさんに、私は――


「ストーキングでもしてるんでしたら、割と本気で騎士団に――」

「それでは明日も頑張ってくださいね」


 いよいよリーダーさんへの不信感がピークに達し、ジト目で疑念を表に出したところで、リーダーさんはそそくさと去って行ってしまった。


 なんか言いたいことだけ言って、いなくなっちゃったんですけど……


 とはいえ、私自身が上位に行けないのなら、リーダーさんが言っていたように、残りの二週間で皆をみっちり鍛え上げる必要がある。

 間のいいことに、丁度明日からは大会準備期間となり、午後の授業がなくなり、自由に鍛錬する時間が与えられる。また、大会に全てをかけているような家庭もあるので、この期間は親などの大会関係者も学院に出入り可能になる。


「明日から大会準備期間ですけど、グラスさんは学院には来ないんですか?」


 今の内にこそ、理事長と会談する場を設けられるんじゃないかと思い、グラスさんを学院に誘ってみる。


「もちろん行くけど、でも少し副業の用事が入ってるから、俺は大会一週間前に行くよ」

「了解です。あっ、そういえば」


 帰ってきてからまだ一度も姿を見ていない、一応の相方の所在について尋ねてみる。


「さっきからシノさんを見ませんけど、今何してるんですか?」

「あいつならお洋服買いに行ってる、てか俺が行かせた。さすがに正装の一つくらいはないと、学院入れてもらえるかも怪しいからな」


 いつも地味ーな色合いのインナーを着てるシノさんが正装。それはそれで違和感大ありなんですが……


「にしても後輩ちゃんがシノの心配するなんて、もしかして今日一日会えなくて寂しかった?」

「……グラスさん、人を怒らせる才能ありますよ」

「いやー、それほどでもー!」


 なんだかシノさんのことを考えるだけ損な気がしてきました……

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