第24章 魔法都市アーケニッヒ

「この制服も久しぶりですね」


 白を基調としたブレザーに、丈の長いスカート、その上から黒いローブを羽織った私は、自室の鏡に映った自分の姿を見てそう呟いた。


 地味な配色の制服ではあるものの、いかにも魔導士らしいこのデザインは、実は密かに気に入っている。


 昨日グラスさんから学校に行くように言われた後、何かと理由をつけて大会まで休もうと試みたけれど、特に進展がないまま今日がきてしまった。


 私も流石に観念し、今は登校に際した身支度をしている最中なのである。


 とはいっても、教科書の内容は完全に暗記しているので、特に持っていくものもないんですが。


 私が部屋でダラダラと着替えていると、部屋の外から声を投げかけられる。


「さすがリリエルさん、元がいいだけに何を着ても可愛らしいですね」

「ドア越しに服装の査定をしないでください。あと、なんで朝起きたら枕元に制服が置いてあったのか説明してもらえますか?リーダーさん」


 と、部屋の前で見送りのためにスタンバっていたリーダーさんに、私も声を投げ返す。


「カレンさんから服のサイズを聞いて、昨日私が手配しておきました。『そういえば制服がなかったので、しばらく休ませてください』とは言わせませんからね」


 よ、読まれてる……。というか手配したって、どれだけ手際がいいんですか。


「ではお着替えも終わったことですし、そろそろ学院に向かってください。結構距離があるので、早くしないと遅刻しますよ?」


 リーダーさんにそう言われると、なんだかお母さんといた日々が思い起こされてくる。


 そうですよ、私は事件の真相を追うためなら、どんな苦労も惜しまない決心をしたじゃないですか。どちらにせよ学院に行くことになるのなら、真面目に学院生活をこなした方がいいに決まってます。


 よーし、せっかくです!この三週間で私のスクールカーストも底上げしてやろうじゃありませんか!


 そう決意を新たにした私は、みなぎるやる気そのままに、部屋の扉をドンッと開け放った。


「ではいってきます!」

「は、はい、いってらっしゃい」


 困惑気味のリーダーさんに挨拶をすると、私はまだ薄暗いルセリアの街に駆け出していった。


        ***


 二十キロほどダッシュしてきたでしょうか、魔法で加速していたとはいえ、大分息が上がってきました。


 しかしおかげで、大聖堂のような学院を中心とした巨大な都市が見えてきた。


 高層の建物が乱立したその都市は、魔道具を用いた物流が盛んに行われており、遠目からでも多くの人が飛行魔法で飛び回っている様子が見て取れる。

 建物が上に伸びている理由は、飛行の中継地として経由できるよう、発着場が備え付けられているからである。


 魔法により栄え、魔法が絶対正義とされ、魔法で全てが決まる街。それがここ、魔法都市アーケニッヒ。

 そして、その中で一際存在感を放つ中央の荘厳な建物。あれこそが、私が今向かっているアーケニッヒ魔法学院である。


 半ば勢いでここまで来ちゃいましたけど、やっぱり緊張しますね。


 この街は戦前のエルフの都であったことから、当時の価値観、つまり魔法適性の劣る他種族を差別する慣習が、未だに残っているきらいがある。

 私はそういった、魔法適性でしか人を見ることができない考えに、かなり抵抗があったので、この街を訪れるときはいつも肩の力が抜けないわけです。もちろん、そうでない人もたくさんいますがね……


 街の入口付近に建てられていた飛行魔法の発着場に着いた私は、係の人に通行料金を払った。


「学院まででお願いします」

「……君見ない顔だけど、飛行魔法は使えるの?」


 係の人は受け取ったお金を処理しながら、私のことを少し訝しんできた。


 飛行魔法はいくつかの属性を組み合わせた複雑な魔法なので、使用できる魔導士は意外と少ない。それに、学院に通う生徒はほとんどが街中在住だったり、学生寮で生活しているので、通学目的でここを使う人は指で数えられるくらいの人数しかいないはず。

 なのでこの人が、滅多に学院に通わない私を不審がるのは無理もないといえます。


「使えますよ。ほら、こんな風に自由自在」


 実際に見せた方が百倍早いと思った私は、係員の前で空中を八の字に浮遊してみせる。


「う、うむ、時間を取らせてすまなかった、もう行っていいよ」

「はーい」


 少し驚いた様子の係員さんに通された私は、そろそろ時間も押してきていたので、張り出した滑走路から颯爽と魔法で飛び立った。


 飛行経路は空中に魔法で描かれた軌跡を辿っていけばよいので、私はいくつかの線の中から、学院に通じる黄色い軌跡を追い出した。


 高い建造物を避けるために飛行高度もどんどん高くなっていくが、そこから見下ろす眺めはなかなかどうして、とても神秘的な光景である。まぁ、高い所が苦手な人からすれば、たまったものじゃないでしょうけど……


 魔法の運用を前提とした建築物は、いびつながらも独特の雰囲気を醸し出しており、朝日を浴びて空中で煌めく軌跡の数々や、いたるところで使われている魔道具の光は、自然豊かな街に鮮やかな色合いを付け足している。


 国内最高峰の魔法技術を一望できるのは、こうして学院に赴いていることの特権なので、私も段々と学院に通うのも悪くないのかもしれないと思えて――ごめんなさい、やっぱり今のはなしでお願いします。


 そんな感じで、景色を楽しみながら色々思っていると、あっという間に学院前の正門にたどり着いてしまった。


 目立たないようにするために軌跡から外れ、少し離れた路地裏に静かに降り立った私は、表通りの陰からひょっこり顔を出して周囲を見回してみた。


「ねー、今日の実技さー」

「やっば、そういえば今日日直じゃん」

「大会の準備だりー」


 ギルドを出てから大分時間も経ち、今はちょうど寮生の通学時間だったので、通りでは右から左に生徒の波が流れている。


 ふむふむ、この時間帯なら大丈夫そうですね。


 なぜ私がこんな風にコソコソしているのかというと、それは敵対している上級生たちとばったり出くわさないようにするためである。


 本気で学院生活をやり直すのなら、どこかで上級生たちと向き合う場面は必ず来るのはずですが、少なくともそれが今でないのは自明でしょう。


 幸いにして、私は同級生には恵まれており、男女関係なく友好的に接してくれている。ということでしばらくの間は、久しぶりに会うクラスメイトたちと打ち解けるところから始めるつもりです。


 通りを歩く生徒が下級生の集団であるのを確認した私も、さりげなくその人波に合流する。


 よし、あとはこのまま教室まで最短で行くだけ。突然名前でも呼びかけられない限りは大丈夫でしょう。それにしても、皆への挨拶はどうしよう、こういう時こそ態度を変えずに以前のように話しかけた方が――


「あれ?もしかしてリリエルちゃん?」

「ひぅ!?」


 私が今後の展開に思いを馳せていると、突然背後から声をかけられた。


 ま、まずいー!こんな朝から決闘を申し込まれるのは本当にごめんです。さっきちゃんと見回したつもりだったんですけど……ってあれ?リリエルちゃん?それにこの声は……


 はじめは上級生に絡まれたのかとも思ったけれど、この優しい声色には聞き覚えがあった。私は不安を抱きつつもそっと振り返る。するとそこには――


「や、やっぱりリリエルちゃんだー!」

「もしかして、レイアちゃん?」


 顔をぱぁっと明るくしている、朱色髪の女の子。私が学院で最も親しい、クラスメイトのレイアちゃんがいた。

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