第23章 大会に出ろ

 春のアーケニッヒ魔術大会、秋の騎士団剣術大会。この国の二大武闘大会と呼ばれるその行事は、毎年会場から溢れるほどの観客が訪れ、大会上位に食い込めれば多額の賞金を得られたり、多くのメディアに取り上げられて一躍有名人になることができる。

 実際、去年の優勝者は辺境の領地なら買い占められるほどの大金を得られたそうな。わぁすごい。


 そしてどうやら私は、そんなアーケニッヒ魔術大会に出場することになるようです。


「でもギルドの方針的には、そんな目立った大会には出ない方がいいんじゃないですか?」


 私は至って当然の疑問を抱いた。このギルドの活動は表向きには公開されていないし、そもそも母の事件があったというのに私が公に顔を出していいものか。


 しかし、グラスさんは私がそれを聞くのを見越していたのか、私の疑問に即答した。


「大会が目立つとはいっても、参加者も相当数いるから最終日まで残らない限りは大丈夫。そして、後輩ちゃんに大会に出場してもらう理由は、シノが大会参加者の関係者として学院に潜入してもらうためだよ。だから母親の話題に触れたり、相手をこてんぱんに負かさないでね、それこそ目立っちゃうから」


 かなり大雑把な理由ではあったけれど、とにかく私はシノさんを学院に入れた後、適当なところでわざと負ければいいわけですね。


「な、なるほど、グラスさんはどうするんですか?」

「俺は番組収録のタレントとして堂々と正面から入るよ」


 そういえば、グラスさんはモデルのお仕事もしてるんでした。


「大会に出る理由はわかりました。あとは、そもそもなんで学院に潜入するかなんですけど」

「そういえば任務の内容を言ってなかったね、今回の任務では、学院の理事長の動向を探るのが主な目的だよ」

「えっ、理事長ってあのメイガス理事長ですか?」

「そそ」


 アーケニッヒ魔法学院の創設者であり、現在学院で最も高い地位にいるのがメイガス理事長である。

 そして彼は、国内で十人しかいない竜人議会エルフ支部の議員も務めている。つまり、私のお母さんと肩を並べる超絶エリートなわけである。


「私、あの人少し苦手なんですよね。思考が全く読めなくて……」


 私がまだ幼い頃、母の仕事の関係でメイガス理事長と話す機会があったのだが、落ち着いた口調のまま、しかしそれでいて、射て刺すような鋭い視線を終始向けられたのがトラウマになり、それ以来、理事長には苦手意識を持っている。


「まぁでも、後輩ちゃんは大会の方に集中してくれていいよ。詮索の方は俺とシノが担当するから」

「……理事長の動向を探るっていうのは、もしかしてお母さんのことが関係してたりしますか?」


 私は肝心な部分を明かさないグラスさんに、一歩踏み入った質問をした。


「……おいやべぇよシノ。この子、お前に似てめちゃくそ勘が鋭いよ。お前もこんな子敵に回して大変だな」

「同情するなら助けてくれよ……」


 どうやら当たっていたらしく、シノさんとひそひそと話し出したグラスさん。しかし、すくさまこちらに向き直ると、もともと隠す気はなかったのか、あっさりと説明を始めてくれた。


「そうだよ。任務の真の目的は、他の議員から議会内の情勢を探ること。そんで取り敢えず俺らは、後輩ちゃんの身近にいるメイガス理事長に接近しようってわけ」


 それなら確かに辻褄つじつまが合う。でも、そんな情報誰が欲しているんでしょうか。


「依頼主って教えてもらえたりしますか?」

「駄目……。っていつもなら言うし、そもそも俺らにも聞かされないんだけど、今回は単なる情報収集のために、このギルドで自発的にやってることだから依頼人はいないよ」


 なるほど、確かにその方が反乱運動を未然に察知できますね。強いて依頼主をあげるなら、リーダーさんといったところでしょうか。


「わかりました。それでは私も捜索の方に協力させてください」

「えっ」


 私の回答にシノさんが微妙な表情を向けてきた。


「なんで来んだよ、グラスがいるから俺の心配はしなくていいぞ」

「シノさんがどうなろうが知ったこっちゃないですけど、お母さんの身近にいた人とコンタクトが取れれば、事件の真相に近づけるかもしれないじゃないですか。だから行きます」


 特に今回は、一般人じゃ知る由もない議会内のことについて知るチャンスなのだ。これを逃すのはあまりにも痛い。


「俺、久しぶりにお前から解放されると思ってウキウキだったんだけど」


 まだ言いますか。


「私だって、シノさんと一緒に任務に行くのは不本意極まりないですよ」

「あはは、お前らホントに仲いいよな」

「だからよくありません!」


 私たちの反応を聞いて、またけたけたと笑い出したグラスさん。


 この三人で大丈夫なのかな、なんだか先行きが物凄く不安なんですけど……


「よし、それじゃ後輩ちゃんは明日から学校に行ってね」

「えっ!明日ですか!?大会まではあと二週間くらいありますよ」

「なに言ってんの、普段休んでる子が学校行事だけ本気出してたら周りもびっくりしちゃうでしょ?目立たないためにも学校には行っとかなきゃ」


 二週間、そして大会が一週間行われるので計三週間。それは私が学院に登校した日数の約半分にあたる。


 事件の真相はもちろん探りますが、あの学院に長居はしたくないですね……。よし。


「すいません、急に頭痛がしてきたので、大会まで休んでもいいですか?」

「安心して♪そんな時は効き目抜群なリーダーの回復魔法で直してもらうから」

「……」


 あー、これは逃げられないやつですね。


 いかにも裏のありそうな満面の笑みで返したグラスさんを見て、私は絶望に打ちひしがれるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る