アーケニッヒ魔法学院編
第22章 学校に行け
このギルドに加入してから一か月と少しが経ったとある朝、私はギルドの台所で朝食当番の任を果たしていた。
ギルドメンバーの朝食は週替わりの当番制で作ることになっている。そして、今週は初めて私の番となったわけですが、以前まで自炊していたこともあり、作る量が六人分になっても特に苦戦することはなかった。
その作業中、私はここ最近の自分の行いについて思考を巡らせた。
シノさんとセトラー脱退の任務に行って以降、任務らしい任務もなく、あっという間に一月が経過してしまった。その間私が何をしていたのかといえば、レジスタンスの動向を知るために街を散策して情報収集したり、休みの日は図書館で読書をしたりなど……
「なんか、屋敷にいたころと大して変わってないような……」
平穏。そうとしか言いようがない最近の生活に、私は少しの焦りを感じる。もちろん、国内で反乱が起きないのはいいことなのだけど、私がこのギルドにいる理由は、あくまでもシノさんに罪を認めてもらうためなのだ。しかし、このままではそうしてもらう機会が一向に訪れないのでは……
「今更だけど、本当に謝ってもらえるのかな。第一、尊敬させるような人になれって、具体的にどうすればいいんだろう……」
私はその焦燥を紛らわすためにも、胸中にしまってあった不安を言葉に出してみる。
しかしもちろん、その不安に答えが返ってくることは――
「一応は約束なんだし、本当になれたら謝るぞ?」
あった。
「……なんですか、盗み聞きですか、それともお腹が空いて待ちきれなくなったんですか、いずれにしても大人しく向こうで待っててください」
音もなく台所に侵入してきたシノさんに、私はしっしと手を払った。
「どれも違うわ、お前に話があって、って露骨に嫌そうな顔すんなよ」
「気にしないでください、ただの生理現象です。それで話ってなんですか?できるだけ手短にお願いします」
朝から気分が土砂降りになった私の素っ気ない反応に、シノさんはため息一つ。しかし、すぐさま仕切り直して話を続けた。
「リリエル、お前学校に行く気はないか?」
「ないです」
私は真顔で即答した。
「友人と共に青春を謳歌」
「しません」
「魔術の腕を磨き、この国有数の魔導士に」
「なりません」
「……いいから行け」
「嫌です」
「…………」
数回の不毛な問答をした後、しばらく睨み合いが続いた。そして、
「不登校、駄目絶対」
「はっ、離せー!」
頑なに登校拒否する私と、それに痺れを切らしたシノさんとの取っ組み合いが始まった。
「お前、娘が不登校になってると知ったら、母親も浮かばれないぞ」
「あなたが言わないでください!それに私は成績優秀なので、今通ってる魔法学院も卒業要件はもう満たしてるんです!」
台所で騒々しい音が鳴っていたためか、ホールの方からビュームの青年、グラスさんが様子を伺いに来た。
「後輩ちゃん、今時間――って君達、朝からどんだけ仲いいんだよ」
「よくありません!」
しかし、どうやらじゃれ合っているだけのように思われてしまったようで、生暖かい目を向けられてしまった。確かに傍から見ればただのプロレスごっこでしかない。
「まぁ用事が済んだら後で話しかけてよ、俺の方は急用じゃないから」
「待ってください!この状況を放置しないでください」
「なんだもう終わり?残念……」
そそくさと立ち去ろうとしたグラスさんを、私は半ば強引に引き止めた。
そういえば以前、シノさんが『あいつ少しこの状況を楽しんでるだろ……』ってグラスさんに愚痴をこぼしていたような……。この人本当にただの愉快犯なのでは?
私は心中でそんな考察をしつつ、このカオスな状況を一変すべく、グラスさんに話題をシフトした。
「それで、私に何か用事があったんですか?」
「用事って程でもないけど、さっきリーダーから任務を言い渡されて、今回は後輩ちゃん達と一緒に任務に行くことになったから、その挨拶にきただけだよ」
合同任務ですか……。言われてみれば、任務をこなしていく中で複数人で当たるものがあるのは当然といえば当然ですね。それに他のギルドメンバーと交流をするいい機会になるかも……
そう思った私は、この合同任務をあっさりと受け入れることにした。シノさんと違って、グラスさんを煙たがる理由もありませんしね。
「そうですか。こちらこそよろしくお願いします」
「ついでに任務内容だけ話しとくか。というか、シノからもう聞かされてない?」
「?聞かされてませんよ」
ん?待ってください……。もしかして、シノさんは任務を伝えに私の所に来たのでは……。ということは、シノさんがさっき登校を促してきたのって……
私の脳裏に嫌な予感が走った。
「それじゃ説明するけど、その前に一つ後輩ちゃんに聞きたいことがあるんだよね」
そして、その嫌な予感は――
「後輩ちゃん、学校行く気はない?」
このグラスさんの問いかけによって確信へと変わった。
「学校、嫌だぁ……」
「後輩ちゃんにどんな過去があったの!?」
任務先が私の通うアーケニッヒ魔法学院であることを確信し、ふさぎ込んでいると、グラスさんが若干引き気味に気を使ってくれた。
「
「そうなんだけど……。な、何?いじめられてるとか?」
「いじめ、ではないんですけど、物凄く肩身が狭いんですよ……」
それから私は、なぜ魔法学院に行きたくないのかを話した。
「あの学院、国内で最高峰のレベルを誇るだけに学生が負けず嫌いというか、プライドの高い人がやたらと多いんですよ。それで、私が上級生を遠慮なく負かしてきたものだから、そういう人たちに目を付けられて……」
「以来、目の敵にされていると」
シノさんが補足したことに、私は黙って首を縦に振った。
「あれ?でもあそこって飛び級制度あったよね?そんなに戦績いいなら、最上級生と同じ学年にされると思うけど」
「そ、それがですね、飛び級の条件に十分な出席日数というのがあって、条件を満たさない私はクラスが変わらないままで……」
「それがかえって火に油を注ぐ形になったと」
シノさんが再度補足したことに、私もまた再び首を縦に振った。
つまるところ、実力はあるのに学院をサボりがちだったので、先輩方から「後輩のくせに生意気ね!」と思われているわけである。
「でもひどくないですか?親の仕事の都合で通えてないだけなのに、それでも目の敵にしてくるなんて……。学院側も私欠扱いにしますし」
「う、うーん、そうね……」
私が少し愚痴を吐くと、シノさんとグラスさんはお互いに一瞬目配せした。
な、なにか変なこと言いましたかね?
「ま、まぁそれはそれで気に入らなかったとかじゃないの?ほら、『お高くとまってんじゃないわよ!』みたいなね」
「それにお前、親の都合でっていうけど、今は親いないだろ」
「一体誰のせいだと思ってるんですか!」
目配せが終わった次の瞬間には、いつもの調子で私の話に対応してくれた
「でもそれだと弱ったな、今回の任務、後輩ちゃんへの負担がすごいことになるんだけど」
「もうなんとなく察しがついてますよ。この時期あの学院に行くとなると、あれしかありませんからね」
私が学院に行くのを拒否した理由はもう一つあった。
それはアーケニッヒ魔法学院最大の行事であり、この国の二大武闘大会の一つ――
「私に、あの学院の魔術大会に出てほしいってことですよね」
グラスさんは遠慮がちながら、それを首肯した。
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