第21章 底のない秘密

「帰ったぞリーダー」


 ギルドに帰還した俺は、質問攻めしてくるリリエルを部屋に押しやった後、相変わらずの黒フードを纏っている人物に任務の報告をしにきていた。


「おかえりなさいシノさん、こちらもカレンさんにばれる前になんとか清掃できましたよ。……殺されずに済みましたね」

「ほ、本当に助かります……」


 勝利のピースサインを向けてくれたリーダーに、俺はこれ以上ないほどの感謝の意を込めて頭を下げた。


「それで、任務の方はどうでしたか?」


 腰を折っていた俺に対し、リーダーは話の腰を折ってきた。


「潜入がばれて襲撃されたけど、なんとか制圧したよ。証拠品も騎士団に譲渡してきたから、ギルドの壊滅は時間の問題だと思う。あっ、もちろん身元もばれてないぞ」


 正直、戦闘するつもりは微塵もなかったのだが、結果としてリーダーが言っていたようにギルドを叩き潰す形となってしまった。


「そうですか、平常運転でよかったです。いつもと違って今回は新人研修も兼ねてますからね」

「あと、はいこれ」


 仕事ぶりに感心してくれているリーダに向けて、俺は腰から取り出したそれを差し出した。


「……どうしたんですか?こんな物騒なもの持ち帰ってきて、頼んだ覚えはありませんが」

「とぼけんな、あんたが本当にやってほしかったのは、レジスタンスたちの裏で暗躍してる黒幕について探ることだろ」

「……本当にあなたの勘は鋭いですね。参考までに、どうして持ち帰ってきたのが武器なのか教えてもらえますか?」


 そう、俺が差し出したのはセトラーの団員たちが使用していた魔法武器の一部だったのだ。


 なぜわざわざ、そんな手間のかかることをしているのかというと――


「身分の低い荒くれ者がこんな上等な魔道具を大量に用意できるわけがない、となれば、それを受け渡している黒幕がいるはずだから、この武器の流通元を辿ってけば、自ずと黒幕にも巡り合えるだろ」

「素晴らしい、満点の回答です。こんな優秀なギルメンを持てて私は幸せです」

「はいはい、一応この前の銀行強盗、をやってたビュームの武器も収めてあるから、それも足しにしてくれ」

「わかりました。調査の方は私が進めておくので、しばらくゆっくりしていてください、今日はお疲れ様でした」


 そう労いの言葉を残して立ち去ろうとしたリーダーの背中に、俺は一つの疑念を投げかけた。


「なぁリーダー、あんた何か隠してることでもあるのか?」


 リーダーの動きがピタッと止まる。


「最近のレジスタンスの動き、どれも新設されたギルドや団体だってのに、活動があまりにも過激すぎる。それに合わせて、リーダーの不在する時間も増えてきた。リーダー、ギルドにいない間、いつも何してるんだ?」

「……」


 ギルドに加入してからの八年、この疑問をリーダーに直接聞いたことは一度もなかった。たとえどんな答えが返ってきても、どんな悪行を働かされていたとしても、俺がこのギルドを去ることは絶対にないのだから……


 しかし、ここ最近の治安の乱れや、リーダーの行動の変化に何か腑に落ちない所を感じた俺は、その八年の均衡を破ることを決意したのだ。


 俺の問いに対し、数秒の沈黙を返したリーダーはやがて再び歩き出した。そして、こちらを見ないまま背中越しに――


「これまで通り、をしていたでけですよ」


 そう言い残して、深夜の街に出て行ったリーダー。


 人探し、ねぇ……


 それが依頼人を指すのか、反抗運動を企てるレジスタンスのことを指すのか、はたまた他の誰かなのか、皆目見当もつかない。


「はぁ、まったく。意味深すぎて逆にモヤモヤするわ」


 取り残された俺は、どこぞのエルフのせいで疲労もピークに達していたので、今日はさっさと寝ることにした。


 けれど、部屋に戻ってから眠りに落ちるまでの間、リーダーのセリフの真意を探っていた俺の頭の中では、つい一時間前と同じ言葉が反芻はんすうしていた。


 得体の知れない奴ほど怖い存在はない――と。


        ***


 ――今からちょうど一時間前のこと。


「シノさんシノさん、あの日の暗殺任務の依頼主は誰だったんですか?というか、そもそもシノさんはどうやってお母さんを暗殺することができたんですか?あっ、あとちゃんと謝罪もしてくださいね、誠心誠意込めて……。ねぇ、シノさんてば」

「あぁもう!さっきからシノさんシノさんうるせーよ」


 俺はマシンガンのように問いただしてくるリリエルに悪戦苦闘していた。


「何言ってるんですか、ナイフを当てたら事件のことについて教えてくれる約束ですよね?」

「くそぉ、あんな不意打ちみたいな当て方しといて……」

「気を利かせてあまり痛くないようにしてあげただけ、感謝してください」

「わかったよ、謝りゃいいんだろ!あなたの大事な人を殺めてしまってすいませんでしたー(棒)、ほらこれで満足か?」


 俺が適当にあしらっていると、リリエルからこれまでにないくらい、強い憎悪のこもった、だが、あくまでも静かな声が発せられた。


「シノさん、自覚があるとは思いますが、私はあなたのことを微塵も許してませんからね。あまりに反省の色が見えないのなら、私、自分を制御できる自信ないですよ」


 あっ、これマジのやつじゃん……


 これ以上こいつを焦らしていたら、今回みたいなお遊びとは違って、本気で殺しにかかってくるだろう。


 直感でそう感じ取った俺は、渋々重い口を開くことにした。


「……はぁ、俺はお前が苦手だし、尊敬に値する奴だとも思ってない。だから、今お前に謝罪する気は全くない」


 俺が真剣に話し出したのに合わせて、リリエルも黙って聞いてくれている。


「とはいえ約束は約束だし、その執念深さは素直に認めてやるよ。だから今回は、お前の母親について俺が知ってることを話す。……それでいいか?」


 とはいっても、あのことは絶対に話さないけど……


 視線を少し下に向けて考え込んでいる様子のリリエル。しかし、それからすぐに顔を上げると、そのままコクリと頷いた。


 てっきり反論してくると思ったけど、やけに素直だな。まぁいいか……


「スズラン。竜人議会エルフ支部の議員という、この国において竜人族ドラゴニアの次に高位な階級に若くして就く。数々の政策を実施し、国家繁栄の第一人者となるほどの逸材。人望も厚く、魔法もこの国トップクラスの実力を持っている」


 ここまでは誰もが知っているような政治家としての一面。そして、


「そして俺は、そんなお前の母親と直接相対して、ただただ怖いと思ったよ」

「?それは畏怖を抱いた、ということですか」

「違う。確かにすごいとは思うけど、俺が感じたのはただの恐怖だよ。ここまで人のことを見透かせる奴がいるのかっていうな」


 こちらの顔色を伺おうと下から覗き込んでくるリリエル。俺はそれに、あの日のスズランを重ね合わせてしまった。


 ――あの夜――


『あの子のこと、よろしくね……』


 ナイフに首をあてがってきたスズランが、最後に残した言葉。


 突き止めた黒い噂を、スズランに直接問い詰めに行った俺は、事態を理解できずにただただ呆然としていた。


 しかし、それも束の間。


『アイシクルランス!』


 突如として放たれた魔法によって、俺の意識は引き戻された。


 魔法が飛んできた方向に目をやると、そこには金色の髪をなびかせる、おそろしく顔立ちの整ったエルフの少女がいた。


 その瞬間、俺は『あの子』というのがこの少女のことを指していること、そして、この展開がすべてスズランによって仕組まれたものだということを、本能的に理解した。


 事切れた母親のもとに駆け寄ったその少女は、こちらを睨みつけると、俺がどうしてスズランを殺害してきたのか聞いてきた。


 そんなこと、俺が一番聞きたいわ……


 そうこぼしたくなる衝動を抑え込んだ俺は、その問いには答えず、一目散にその場から逃げ出した。スズランという怪物の手中から逃れるために……


 だからあの後、リーダーがリリエルを連れてきたときは本当に驚いた。それと同時に、「あぁ、もう逃げられないんだな」という、絶望に近い諦念も抱いたものだ――


「……教えてくれてありがとうございます。ほんの少しだけ、シノさんがどんな人なのかわかった気がします」


 俺が回想に浸っていると、リリエルが俺に初めて感謝の言葉を向けてきた。まぁ俺への敵意は一切解いていないだろうけど……

 でも、こいつが俺を敵視するように、俺はこいつに一度たりとも警戒を解いたことはない。なんたって、あの怪物の娘なのだから。


 こいつは……、リリエルは多才な少女だ。たった数日行動を共にしただけでも、その高すぎる適応力や底知れない潜在性には、毎回驚かされている。

 でもいつかそのうち、リリエルがそれすらも超越するような、それこそスズランをも超える怪物になる。そんな予感が――


「で、他には何かないんですか?」

「……はっ?」

「はっ?じゃありませんよ。私のお母さんが怖いって言っただけじゃないですか。この程度の話で解放されると思ってたんですか」

「…………(ふいっ)」

「あっ!目を逸らさないでください!教えてくれないのなら、耳元で喚き続けますよ」


 ごめん、やっぱ気のせいかも……


 夜道で躍起になっている少女を見て、俺はその予感を撤回した。

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