第20章 ファントムステップ

 実力者三人をたった一人で相手取るシノさん。


 本当にヒューマなのかと疑いたくなるようなその身のこなしで、近接二人の猛攻をかいくぐりながら、後援に徹しているエルフの援護魔法にもしっかり対応している。


 しかし、そんなシノさんも段々と押され始めていた。


「―――くっ」

「おらおらどうした!避けてるだけじゃ俺らは倒せねえぞ!」


 相手のドワーフがそう強気に出てくるが、おそらくシノさんは攻撃をしないのではなく、出来ないのでしょう。というのも、シノさんが一人の間隙を突こうとするたび、それをカバーするように残りの二人が入れ替わりで援護をしていたのだ。


 かといって、三人同時に隙を見せるまで待っていれば、体力的にジリ貧になるのはむしろシノさんの方である。


 このままじゃやられちゃいますよ、シノさん……


 自分で張った防御結果の中で、固唾を飲んで見守っていた私は、思わず不安を抱いてしまった。


 正直なところ、別にシノさんがどうなろうが知ったことではない、と内心では思っている自分がいる。彼はそれだけの悲しみや憎しみを私に与えたのだから……。しかし、同時にこうも思う。


 こんな所で負けないでくださいよ。


 どうしてそう思ったのかはわからない。けれどそこで、ふとミライさんの言葉が頭をよぎる。


『シノねー、なんというか、面白いやつだよ』


 戦況は明らかに不利――そのはずなのに、私はどうしてもシノさんがこのままあっけなく負けるとは思えなかった。


「ふぅ、さすがにキツイな」


 一度敵と大きく距離を取り、一息ついたシノさんからそんな声が聞こえてきた。


「お前、どこのギルドの刺客だ?これだけの人数差をものともしないとは」

「教えるわけないだろ。それに勘違いしてるようだけど、割とこっちもギリギリなんだよ」


 と言いつつも、口調的にはまだ余裕がありそうなシノさんは、そこで声のトーンを少し落とした。


「だから、そろそろ決めに行くぞ」


 言うが早いか、シノさんは駆け出しながら持っていた短剣を相手のビュームに投擲した。それを、手練れのビュームはそれをいち早く察知し、飛んできた短剣を直剣で弾こうとしたところで――


「――なにっ!」


 シノさんによって、逆に直剣を弾き飛ばされた。


 え?今シノさん短剣を手放して……、というか、さっきまであそこに……、えぇ!?


 シノさんの今の動きは、今朝私が取り押さえられた時と同じ、あまりに不自然なあの高速移動だった。


 すると、次にシノさんは隣に立っていたドワーフの首筋に向けて短剣を振りかぶった。


「――させるか!」


 しかし、そう簡単に決定打を入れさせてもらえるわけもなく、後衛のエルフが風魔法で援護射撃をしようと魔力をためる。


 風魔法はスピード重視の技が多く、既に攻撃態勢に入っていたシノさんは、それを躱すことができるはずもない。


「うぐっ」


 風魔法が放たれ、うめき声を上げてその場に崩れ落ちる――しかし、崩れ落ちたのはシノさんではなく、みぞおちに彼の肘を受けた先ほどのビュームだった。


「あっ、そういうことか」


 またしてもワープしたかのような不自然な動きをしたシノさん。しかし私は、今の動きでその種に気づくことができた。


 ビュームを沈めたシノさんは、今度は魔法を撃ち終わり、次弾の準備をしていたエルフに向かって走り出した。


「くそっ、行かせんぞ!」


 それを食い止めようと、ドワーフが横から一閃を入れようとするが、それまで速度を緩めていたシノさんの全力疾走に対応することができなかった。


 そう、シノさんがこれまでしていたのは高速移動ではなく、体全体の動きで相手を錯乱させるボディフェイントだったのだ。それも、緩急まで利用しているとても高度な……

 ワープしているように感じたのは、あまりに自然なそのフェイントによって、実際の動きと相手の認識にズレが生じていたからでしょう。


 しかし例えそれを理解していても、接近されたエルフからすれば、シノさんが再び瞬間移動したように錯覚したはずです。


 シノさんのフェイントは、それほどまでにレベルが高い代物だったのだ。


 案の定、そのエルフは接敵を許しても全く反応できず、鼻下にシノさんの膝が埋め込まれて気を失った。


「――隙ありだ!エアカッター!」


 シノさんが飛び蹴りしている隙を見計らい、体勢を立て直したドワーフが空中に無数の斬撃を飛ばしてきた。


 しかしシノさんはそれに正面から突撃し、斬撃を巧みに躱しながら、ドワーフとの距離を詰め始めた。


「なっ、なんだと!?」


 そのあまりの規格外な機動力にドワーフが驚きの声を上げる。と同時にシノさんは、回避の際に沈み込んだ体勢から、ドワーフに向かって身を捻りながら飛び上がった。そして――


「チャーリングフレイム!」


 シノさんの拳に凝縮された火炎が、ドワーフの胸元に叩きこまれた。


 魔法をもろに受けたドワーフは、一瞬で後方の壁に打ち付けられ、そのまま白目をむいて倒れこんだ。よく見ると被弾箇所の胸元が炭化しており、魔法の火力を物語っていた。


 シノさんは、倒れた団員達を一人ずつ一瞥いちべつし、全員が再起不能にしたことを確認すると――


「よし、終わったぞー」


 こちらに向けて、呑気に話しかけてきた。


 熱気と気絶した団員たちが酒場を埋め尽くす中で、私は急いで、部屋の中央に佇んでいたシノさんに駆け寄った。そして、シノさんのもとまでたどり着いた私は労いの言葉ではなく――


「なんて危なっかしい戦い方してるんですか!もしかして、いつもこんな感じじゃないですよね」


 と、少しきつめの詰問をした。


「べ、別にいいだろ、通用してるんだし……。それに、この前のお前もこんな感じだったぞ」

「私はもう少し余裕を持って戦ってますよ!」


 確かにすごかった……。この人数不利な状況を打開できたのは並大抵のことじゃないし、あのヒューマにんげん離れした動きも一朝一夕で身に付くものではない。でもなんというか、見ていてひやひやするといいますか……


「というかシノさん、あのフェイントって……」

「あれか?グラスが名付けた『ファントムステップ』なんて大層な名前があるけど、絶対に真似しない方がいいぞ。覚えるのに時間かかるし、足裏への負担が大きくて変な癖もつくしな」

「……ふーん」


 なるほど、体全体をフェイントに使っちゃうから、移動する時には足裏の蹴る力だけしか使えないわけですね。変な癖がつくというのは、普段使わない部位をたくさん使うのが原因なんでしょうね……


「第一、あんなのはヒューマぼんじん他種族ばけものに対抗するための、ただの付け焼刃だよ」

「?」


 私がさっきのステップについて考察をしていると、シノさんが誰に向けるでもなく、うわ言のようにそう呟いた。


 付け焼刃?とてもそんなレベルの技術とは思えない。ただのステップで幻影魔法以上に相手を惑わせるようにするなんて、それこそ血がにじむ修練を積んだはず。


 私も初見じゃ全く反応できなかったし、シノさんは何を言いたいんでしょうか……


「んじゃ、そろそろ逃げるぞ、長居してると足取りが付く」


 そそくさと帰ろうとしているシノさんに向けて、私は言葉の真意を考えるのを一度中断し、そろそろ本題を切り出すことにした。


「ところでシノさん、何か忘れていることはありませんか?」

「?なんだよ急にニッコリして、お前が俺にその顔を向けるときは大概良からぬことを――って、いってぇ」


 後ずさりを始めたシノさんが不意に苦悶の声を上げる。


 それもそのはず、なぜなら……


「えっ、お前まさか!」


 シノさんは手の甲に浅く刺さった、あの木製ナイフを見て、驚きに目を開いた。


「これで私の勝ちですよね?というわけで、どうやってお母さんを殺したのか教えてください」


 シノさんが戦っている最中、ずっと向けられていた私への注意が逸れた隙を見計らい、私はナイフに透過魔法と追尾魔法をかけておいた。


 さすがのシノさんも、透明化したナイフを避けることができなかったようですね。


「き、汚ねー……」


 シノさんは非常に納得がいかない様子で、首をかしげてそうぼやいた。

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