第19章 不敗の劣等種

「さすがに勘づかれてたか」

「なんでそんなに落ち着いてるんですか!やばいですよこの状況!」


 十余名もの武装した集団に囲まれた私たちは、じりじりと壁際に追い詰められていく。


「というか、あの時本当は何撮ってたんですか」

「周りの奴らの顔だよ、身元が割れれば騎士団の捜査も捗るからな」


 どうりでこんな血相を変えて襲い掛かってくるわけです。


 私も戦闘態勢に入ろうとしたところで、短剣に手を添えて構えているシノさんから、ふと声をかけられる。


「リリエル、今日は見学ってわかってるよな?」

「そりゃわかってますけど、ヒューマ一人でどうにかできる人数じゃないですよね」

「これくらいならどうにかできると思うけど」

「なっ、今は強がってる場合じゃないですよ」


 と、あくまで余裕を崩さないシノさんのその態度にカチンときたのか、武装集団の中から、二人のエルフの剣士がこちらに飛び出してきた。


「すかしてんじゃねーぞ若造が!」

「――このっ、ヘッドウィ……、って、なにするんですか!」


 私が咄嗟に魔法で彼らを撃退しようとすると、それはシノさんに腕を取り上げられたことにより中断された。そしてシノさんはただ一言――


「見学!」


 そう言って、強く念を押してきた。


 しかしながら、その最中も相手の剣士はどんどん距離を詰めてきていた。


 そして攻撃の間合いまで差し迫ったその二人は、シノさんに向けて鋭利な直剣を迷うことなく振り抜いた。


 しかしシノさんは、片方の攻撃を身をひねることで躱しつつ、もう片方を抜き放った短剣でいなすことで、上手く攻撃を凌いでみせた。


「――んなっ!」


 敵のエルフは、同時攻撃を対応されたことに驚きの声を上げるも、すぐさま次の攻撃を繰り出した。


 二人同時によるやむことのない連続攻撃、しかし、これもまたシノさんは巧みな足さばきで躱してみせる。


 す、すごい……


 敵はおろか、私もその機敏な立ち回りに呆気にとられていると、それまで受けに徹していたシノさんは、攻撃をいなした勢いそのままに、相手のエルフに向けて踏み込んだ。そして――


「ぐふっ!」


 技の軌道を逸らされ体勢を崩していたエルフの顎先を、短剣の柄でかすめるように殴りつけた。


 大きな外傷こそ与えていないものの、そのエルフは脳震盪のうしんとうを起こしたのか、意識を失い床に倒れこんだ。


「――くっ、てめっ」


 残されたもう一人のエルフは、倒れた仲間を横目にシノさんに再び切り掛かった。


 とはいえ、それまで二人同時攻撃をいなしていたシノさんに、手数が半減した斬撃が当たるはずもなく、刃は空を切るばかり。


 シノさんは相手の突きに上手く合わせて懐に潜ると、今度はエルフの胸倉を掴み、背負い投げをした。


 男性としてはやや小柄なシノさんだが、どこにそんなパワーがあるのか、体格差のあるエルフを大きく宙に飛ばす。その後、受け身を取り損ねたエルフは、着地した際に頭を強く打ったらしく、こちらもそのまま気を失ってしまった。


 それを確認したシノさんは、今度は他の団員のもとに物凄い勢いで駆け出した。


「――あいつを近づけさせるな!」


 先ほどカウンターにいたドワーフがそう言うと、残りの団員は一斉に銃や魔法による弾幕を張ってきた。隙間なく放たれる弾幕、果たしてシノさんは……


「フレアトルネード!」


 しかしその弾幕は、シノさんが生み出した炎の大竜巻により遮られることとなる。いくら店内が広いとはいえ、密閉された空間の中で高火力の魔法を放ったため、辺り一面は肌がヒリつくほどの熱気で包まれていた。あれ?というか、


 これって、この前私が使った結界魔法に似てる……


 私の真似をしてやったことなのかは分からないけれど、その使い方は、以前私がひょっとこ面から人質を守るために使用した、水の結界魔法と似ていた。


 本来攻撃として扱われることが多い炎魔法を、あんなカーテンみたいに使うなんて、シノさんも私みたく、魔法の使いどころを重視してるのかな……


「――くそ、早く水魔法で打ち消せ!他の奴はあいつが姿を見せた瞬間に攻撃できるように準備しとけ」


 しかし団員が今言ったように、自分を囲うようにして防御陣を作ったとしても、それが打ち消されれば、敵に包囲されるだけになってしまう。現にセトラーの団員たちは、徐々に炎の威力を相反属性で相殺し、いつでも仕掛けられるように準備している。


 このままじゃシノさんが危ない。団員は私に対して注意をあまり払っていないようだし、ここは包囲から抜け出す隙を作った方が……


 しかしこの私の心配は、すぐに杞憂に終わることになる。


「ぐはっ」

「うぐっ」


 いよいよ炎が鎮火され、私が助太刀しようとしたその時、立ち込めた煙と蒸気の中から炎のナイフが投擲され、ほぼすべての団員の腕に突き刺さったのだ。


 まさか反撃を受けると思っていなかった団員たちは、突然の腕の痛みにより持っていた武器を床に取り落とす。


 その隙を彼は逃さなかった。


「ファイアーボール!」


 煙の中心から今度は高速の火球が放たれ、一瞬怯んだ団員たちに吸い込まれるように炸裂した。


 先ほどの竜巻同様に、粗さは目立つが威力は十分なその火球は、被弾した団員を部屋の壁に叩きつけて再起不能にした。


 そうして、初めは十数人いた団員たちは、瞬く間に残りが……


「あと三人かな」


 そう言って、煙の中から出てきたシノさんが見据える先には、先ほどのドワーフの店員さん、それからビュームとエルフがそれぞれ一人ずつ残るだけだった。


「――くっ、このままで済むと思うなよ」

「なんで追い詰められた敵って、いつも似たようなこと言うんだろうな」


 切羽詰まったような敵に、飄々と返すシノさん。


 とはいえ残ったのは、先ほどのナイフや火球を咄嗟に避けていた三人だ。このギルドでもかなりのやり手のはずです。


「連携で行くぞ、お前ら」

「分かりやした」

「了解だリーダー」


 真ん中に陣取っていたドワーフが二人に合図を送ると、シノさんは少し意外そうな声を発した。


「えっ、あんたがリーダーだったのかよ」


 私もまさか彼がリーダーとは思っていなかったけど、今は驚いてる場合じゃない。


 連携すると言っていた通り、ビュームとリーダーのドワーフはそれぞれ魔法が通った武器を手に取り、エルフは後ろで魔法の詠唱準備をしており、どうやら前衛と後衛に分かれて仕掛けてくるようだ。


 三対一。状況だけ見ればかなり不利だけど、そんな逆境の中で、シノさんはこう告げた。


「予定通り、とはいかなかったけど、頭まで潰せたのはラッキーだったかな」


 前衛二人とシノさんが動き出すのはほぼ同時だった。

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