第18章 開拓者たちのアジト

 真上にあった太陽が、ほとんど落ちきるくらいの時間歩き続けた私たちは、なんとか目的地に到着した。


「多分ここだな」


 シノさんが見据える先には、やや大きめな二階建ての酒場がある。建築年数も若いのか、木造の外観は素材の美しさをそのままに保っている。


 いたって普通の酒場に見えるけれど、どうやらここがギルド『セトラー』の根城らしいです。


「それで、ここからどうするつもりなんですか?」


 まさか正面切って突入することはないはずですが、どうやって敵情視察をするのでしょうか?


「そうだな……。まずは人の出入りを確認したいから、あそこの公園から様子をうかがおう。酒場として普通に切り盛りしてるなら、俺らも一般客として乗り込めばいい」

「なるほど、わかりました」


 特に反論もなかった私は、シノさんの言ったことに素直に従い、近場の公園から酒場前の広場を観察し、来場客の有無を確認した。


 ここニーノは都心から少し外れた場所に位置する、自然が豊富な田舎町である。しかし意外にも人口は多く、夕暮れ時となった今現在でも、街道の人通りが滞ることはなかった。


 けれど、道行く人の誰一人としてその酒場に入ろうとすることはなかった。この時間帯になってもお客が集まらないのは、どう考えても不自然である。


 一時間ほど観察を続けていると、隣にいたシノさんから声をかけられた。


「リリエル、あそこにいるドワーフの男とその少し後ろにいるエルフの女の顔を覚えとけ、多分あいつらセトラーの一味だ」

「?どうしてそんなことが……、あっ、そういえば!」


 シノさんがどうしてそう判断したのか一瞬分からなかったけど、該当する人物の顔を見てはっとした。


「気付いたか。あいつら三十分も経たないうちに、酒場前の通りを四往復してる。憶測だけど、酒場の周りに騎士団がいないか確認してるんだと思う」


 そう、シノさんが指した人物は、先ほどから何度もこの場所を行き来している二人組だったのだ。


「あれだけこそこそと行動しているということは、酒場も表向きには経営していないんでしょうか」

「むしろ逆だろ、もし人の出入りが全くないのなら、見回る必要もないからな」


 うーん、確かに一理あるけれど、もう少し様子を見てから判断した方がいい気もします。それに普通に経営しているのなら、どうして誰も入店しようとしないんでしょうか……


「うし、もうちょいしたら俺らも参上するか」


 私の懸念をよそに、どうやらシノさんは、酒場に踏み入ることを決心したようだった。


 だ、大丈夫なのかなぁ……


 しばらくして、先ほどの二人組が酒場に入っていくのを確認すると、私たちも続けてそこに突入した。


 若い木造の内装は、酒場というよりも洒落たカフェのような雰囲気で、かなり広々としていた。しかし、その割にはお客さんの数は少なく、辺りは静寂に包まれている。あれ、というか先ほど入店したはずの二人組がいないじゃないですか、一体どこに行ったんでしょうか。


 店内に入ると、シノさんは奥のカウンター席まで突き進み、そこでコップを拭いていた、いかついドワーフの店員さんに話しかけた。


「あの、すいません。ここって今営業してますよね?」

「……してて悪いのか」


 なんとも無愛想な返しをした店員さんは、そのまま私たちを睨みつけてけてきた。


「いやー稼ぎ時なのに全然人がいなかったので、てっきり準備中なのかと」


 しかしシノさんはそれを全く気にする様子もなく、少しの皮肉を入れて返答した。


「よかったなリリエル、ほぼ貸し切りだぞ」

「えっ、そ、そうですね」

「てことで、長々と使わせてもらいますよ」


 シノさんが店員さんにそう言い捨てると、私たちは近くにあった二人用のテーブルに向かった。

 去り際、あろうことか店員さんから舌打ちをされたが、一々反応していても仕方ないでしょう。


「あの、シノさ――」

「なぁリリエル、今日は好きなだけ奢ってやるから、食べていいぞ」


 店内の空気に重さを感じた私が、不安を口にしようとすると、それはシノさんからのメタファーによって遮られた。


 すなわち、『周りの奴は気にするな、ギルドの連中だ。怪しまれないように、しばらく時間をつぶすぞ』という隠語に。


「は、はい」


 もしかするとシノさんは、最初から店内が敵まみれであることを予想しながらも、任務を早く終わらせるために強行突入したのでは……


 正直、敵に囲まれていることには気が気でなかったけど、すぐに店から出て行っても不審がられるので、私も渋々居座ることにした。


 居座るといっても、普通にお客さんとして来ているので、何かしら注文をした方がいいでしょう。

 そう思った私は、近くにいたウェイトレスさんに声をかける。


「あのすいません、このラム肉のソテーとシーザーサラダ、あと杏仁豆腐をお願いします」


 私もあまり食べる方ではないのですが、せっかくシノさんが奢ると言ってくれたので、盛大に料理を注文をしてみた。


「おま、わざわざ高いやつ頼むなよ」

「あれ?どうかしたんですかシノさん?」


 ひそひそと話しかけてきたシノさんに、私はわざとらしく首をかしげた。


「あー、そういえばお前はこういう奴だったわ」


 ――この時はしてやったりと思っていたけれど、ほどなくして、私はこの行動をとても後悔することになる。


 しばらく待っていると、先ほどのウェイトレスさんが、またしても無愛想に料理を運んできた。

 私はそれを気にしないようにしながら、早速メインの羊肉を食べてみる。だけど――


「なんか、あんまりおいしくない……」


 そのお肉はほとんど味がしない上に、ぱさぱさしていて口内の水分がどんどん奪われていくものだった。


「あのシノさん、これ食べてもいいですよ」

「食いかけのものを人に渡すなよ!自分で頼んだ分くらい自分でちゃんと食え」

「お、鬼……」

「おめーも大概だけどな」


 とりあえずシノさんの財布にダメージを与えるように注文したけど、それ以外のメニューもかなりのぼったくり価格だったことから、このギルドは、高価格、低品質、無愛想のデスコンボで、他の人たちを寄せ付けないようにしていたのかもしれません。


「あ、その前に料理の写真だけ撮っていいか?」

「別にいいですけど……」


 シノさんは、周囲の映像を記録する魔法結晶をポケットから取り出すと、それを少し高い位置に掲げてから使用した。


 こんな料理の写真なんて、一体何に使うつもりなんでしょうか。


 そう思いつつ、私は料理を食べ……、というよりも、料理を胃に詰め込む作業を進めていった。そして――


「うぷ、ご、ごちそうさまでした」

「まさか本当に食い切るとは……。ちょっとだけ見直したかも」


 一時間の死闘を制し、なんとか完食した私が撃沈していると、なぜかシノさんから称賛を受けた。


「うぅ、こんなことで認めてもらうつもりじゃないんですけど」

「はいはい、じゃあそろそろ帰るとするか」

「えっ、もういいんですか?」


 私とは対照に、一時間水だけで乗り切ったシノさんは、急にそんなことを言い出した。


 まだ重要な情報をつかめたとは思えないのですが……。もしかして無駄足だったとか……


「逆になんでよくないんだ?あ、もしかしてまだ食べ足りてないとか?」

「ひっ!?も、もうこりごりですよ」


 言われて逆流しそうになるものがあったが、それを何とか抑え込む。


 まぁ、シノさんがもう撤収すると言っているのだから、これ以上ここにいる理由もないでしょう。


「少し待っとけ、お会計して――」

「お客さん、帰る前に少しいいか」


 シノさんが立ち上がると、先ほどのいかつい店員さんから突然声をかけられた。


「……なんですか、お金なら今から払いますけど」

「金じゃねえ、さっきの記録結晶を渡してもらおうか、うちは撮影禁止なんでね」

「嫌ですが、というか写真撮るくらい別にいいじゃないですか」


 と、シノさんのその発言に少し引っかかりを感じたので、私も横から口をはさむ。


「シノさん、写真撮影の許諾きょだくはそのお店の管理権者が決めることなので、民事的観点から訴えられるかもしれませんよ」

「いやそういう問題じゃなくてだな」


 調子を崩されたシノさんでしたが、もう一度店員さんの方に向き直ると、今度はきっぱりと告げた。


「とにかく、俺はあんたに記録結晶をくれてやるつもりはないんで」


 そうして、シノさんが店の出口に向かおうとしたその時――


「……本当になんなんですかあんたら」


 周りにいた店員さんや、他の席に座っていたお客さん、はたまた壁の隠し扉から突如として現れた人たちが、シノさんの行く手を阻むように立ち塞がった。


「渡さねえってんなら仕方ない、少し痛い目見てもらおうか」


 店員さんがそう言うと、彼らは各々の武器を取り出し戦闘態勢に入った。

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