第17章 厄介払いと新たな任務

「クラッシング・ガン!アイシクルランス!ホーミングフレイム!」


 ギルドのホール内を魔法が飛び交う――


「っ、おいリリエル!お前ギルドを破壊するつもりか!」


 それを必死で避けるシノさんから、悲痛な叫びが聞こえてくる。


 他のメンバーがちょうど不在だったので、私はシノさんに遠慮なく高威力の魔法を放ち続けていた。おかげで魔法が炸裂した壁や床は粉砕しているが――


「……そんなこと知りません」


 ぶっきらぼうに切り捨てた私は、そのまま魔法の詠唱を続ける。


 しかしながら、先ほどから手を緩めることなく放っている魔法は、目標であるシノさんをまだ一度も捕捉できていない。


 この弾幕は、先日のひょっとこ面のリーダーが避けきれなかったレベル以上の激しさなのだが、シノさんはそれを軽い身のこなしで避けるか、短剣や炎魔法で器用に撃ち落としてしているのだ。


 どうしてビュームが避けれないような魔法を、ヒューマが避けることが出来るんですか……


 ここで私は作戦を変え、物量重視の攻撃から、広範囲の大技で根絶やしにする攻撃に切り替えた。その準備として一瞬、魔力の溜めに時間をてる。


「ちょっ、お前こんな室内で何やろうとしてんだ!」


 どうやらシノさんは私がやろうとしていることに勘づいたようだった。だがもう遅い、シノさんがあの距離から私の詠唱を止めるすべはないだろう。


「それではさようなら、インフェ――」


 私が上級魔法のインフェルノを放とうとしたその時、不思議な現象が起こった。


「えっ?」


 つい一瞬前まで、少し離れた場所で魔法を避けていたはずのシノさんが、次の瞬間には、私の目前までに迫っていたのだ。それはまるで、映像を十秒送りしたかのような不自然な瞬間移動で――


「んっく、んんっ!?」


 何が起こったのか全くわからなかった。気付いた時には私はシノさんに口を塞がれ、そのまま床に押し倒されていた。


「お前の魔法に当たることより、ギルドを全焼させたことをカレン姉さんに怒られることの方が恐ろしいんだわ」


 シノさんは私が反撃できないように、口元だけでなく両手まで押さえつけてきた。


「まぁ、大技を使う時は注意しろって教訓だな。じゃないと今みたいに、魔力を溜めてる隙を――」


 と、シノさんがそこまで言ったところで、いつもと変わらぬ黒フードを纏ったリーダーさんがホールに入ってきた。


「あっ、シノさんいいところに、ちょうど頼みたいことが……」


 リーダーさんはそこで動きを止めた――


 半壊したギルドというより、私とシノさんの状況を見てそうなったんでしょう。シノさんが私の上に跨り、腕と口を押さえつけているこの状況を見て……


「シノさん、さすがにそれはアウトだと思いますよ」

「待ってくれ誤解だ!」


 シノさんは急いで私の上から離れると、必死の弁明を始めた。


 しかし、リーダーさんはそれを完全に無視して私の元に歩み寄り、


「リリエルさん、大丈夫ですか?乱暴に扱われたりとかしてませんか?」


 頭をなでながら、私に優しくそう言ってくれた。


「え、えっと、何が何だかわからないうちに、気付いたら押し倒されてて」

「最低ですねシノさん」

「だから誤解だって!つか、お前も変な言い回しするなよ!」


 珍しくシノさんが赤面している。そんな無垢な少年みたいな反応しないでください。こっちの調子も狂うじゃないですか……


「はい、じゃあ冗談はこの辺にして、本題に入りましょう」

「おい!」


 リーダーさんは手をパンッと叩いて話題をすり替えた。なんともスムーズな切り替わり方である。


「シノさんとリリエルさんには、今日は軽い任務をしてもらおうと思っています」

「うげっ、よりによって今日かよ……」


 シノさんは少し嫌そうにしてたけど、私としてはむしろ好都合。なにせ、任務に乗じてシノさんの隙を突くことができるかもしれないのですから。


「では任務の説明をしますね。反社会ギルド『セトラー』の所在が判明したので、すぐに叩き潰してきてください」


 いや軽いとは……


「これにそのギルドの場所が書いてます」


 そう言ってリーダーさんは、シノさんに小切手を差し出した。


「うわ、しかも遠いじゃん……。リーダー、今からだと帰りは日をまたぐことになるから、明日の早朝に出発でも構わないか?」

「もちろん駄目です。というより、あなた達に依頼を任せた理由は、これ以上ギルドを壊させないための人払いなので、それだと意味がありません」


 シノさんからジト目を向けられたので、私は視線をふいっと逸らした。


「その代わりと言ってはなんですが、この部屋の修復は私がしておきます。カレンさんが外出しているうちに、早く行くことをお勧めしますよ?」


 シノさんの顔が急に青ざめた。


「うん?シノさん、どうしたんですか?」


 そういえばさっきも、カレンさんに怒られる方が恐ろしいとか何とか言ってましたね……


「おいリリエル、出発準備は特にいらないよな?そうだよな?よし、じゃあ早く出発するぞ!」


 私の問いかけにバッと反応したシノさんは、切羽詰まったように言葉を連ねた。こちらにも伝わってくるほどの焦りようである。


「ま、待ってください」


 私は早足でギルドをから飛び出したシノさんを追いかけた。


 それにしても、シノさんがここまで恐れをなすカレンさんって……


 とりあえず、カレンさんは絶対に怒らせないようにしよう。


        ***


「リリエル、今回は絶対に余計な真似をするな」


 目的地への道すがら、真っ昼間のルセリアの街道を歩いていると、シノさんからそう言われた。


「フラグですか?」

「違うわ!あの時は俺の監督不行き届きもあったけど、今回の任務は本当に簡単だから俺だけで十分だ。むしろお前に気が散る方が危ないんだよ」


 ギルドを壊滅させることが簡単な任務だとは思わないんですが、シノさんがここまで断言しているのだから、本当にそうなのかもしれません。


「それだと、私がいる意味なくないですか?」

「それでも今日は大人しく見学しとけ。仮にも指導係を任せられてるから、方針には従ってもらうぞ。いいな?」


 やたらと念押ししてくるシノさん。


「もう、わかりましたよ。では私は、シノさんに一撃浴びせることに全力を注ぎます」

「注がんでいい……。はぁ、頼むから任務の邪魔だけはするなよ」


 そう言うシノさんからは疲れが感じ取れる。その主な原因は私なんでしょうけど……


「それにしても、ギルドを叩き潰すとはいっても、具体的にはどうするつもりなんですか?」


 いくら簡単な任務といえど、万全じゃない状態で無事に遂行できるのか心配になった私は、シノさんにそう聞いてみた。


「別に実力行使に出るつもりはないさ。ギルドの所在を改めて確認、悪事の証拠を確保、それを騎士団に献上する、あとは騎士団が何とかしてくれるから、お使いに行くようなもんだよ」

「そ、それならいいんですが……」


 スキャンダルのお使いという、なんとも物騒な響きではありますが……


「少しペースを上げるぞ。じゃないと、本当に一夜明けることになるからな」


 シノさんの歩く速度がワンテンポ上がる。


 私たちが今目指しているのはニーノという、ルセリアから十五キロほど離れたところにある小さな街だ。本来これくらい距離が離れていれば馬車や魔導列車に乗るのが一般的だけれど、ギルドが金欠なため徒歩で赴くことになっているらしい。


 タイムリミットまであと半日を切った以上、私がナイフを当てるチャンスは、この任務を逃せば他にない。


 私はシノさんに追従しながら、一発逆転の策に思考を巡らせた。

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