第16章 ナイフ当てゲーム、本番開始

「楽しそうだな、シノ」


 俺がせっせと部屋の掃除をしていると、いつの間にか入り口に立っていたグラスから、そんな冷やかしを入れられた。


「この惨状を見てそんなことが言えるとか、お前ただのくそサイコ野郎じゃん」

「そんな悪態がつけるくらいには元気でよかったよ」


 グラスの部屋は俺の部屋のちょうど右隣にあるので、さっきの騒ぎを聞いて様子を見に来たんだろう。


 俺とグラスは、年齢もギルドに入った時期も近く、最初のほうは一緒に任務をこなす機会も多かったので、こんな軽口をたたき合える仲になっている。


「シノは後輩ちゃんとうまくやっていけそうだと思う?」


 グラスは掃除を手伝うでもなく、勝手に部屋に入り込んでくるなりそんなことを聞いてきた。


 うまくやってくだって?そんなの――


「無理だろ、あいつは俺のことが嫌いだし、俺もあいつみたいな正義感の強い奴は苦手だからな」

「まぁ、どう見ても真逆のタイプだよな」


 グラスもそこは納得なようだった。よりにもよって、俺とリリエルはあんな出会い方をしたのだ。こと信頼関係においては最底辺まで落ち込んでいるだろう。


「でも後輩ちゃんは、少しでもお前を受け入れようと尽力してるじゃん」

「……何が言いたいんだ?」


 聞いてはみたが、グラスが言いたいことは大方予想がついていた。


 一昨日の事件後、リリエルは俺という最も憎い相手から、口うるさく忠告を受けた。

 普通の奴ならそんなことがあれば、しばらくの間、自然と距離を置こうとするはずだ。だというのにあいつは、翌日には俺への理解を深めようと聞き込みに回ってるときた。むしろ、これであいつの努力が分からない方が愚鈍すぎる。


 グラスも俺がそれに気付いてることは分かっていたようで、そのまま沈黙で訴えかけてくる。


「……わかったよ。俺は俺であいつを避けずに、公平に接するように努力する。これでいいのか?」


 俺の返答に満足したらしいグラスは、うんうんと頷いていた。


「今はこんなだけど、個人的にお前らは結構いいコンビになれると思ってるから、頑張れよ、応援してるぞ!」


 んな無責任な……


「俺だって、別に仕事仲間を足蹴あしげにする気はないさ。でも――」


 と、俺はそこで一度言葉を切って深呼吸。そして――


「今日やったことは許さねえぞ!あのアマーー!!」


 怒りを爆発させた。


「うわっ、ビックリした!にしても、シノの感情をここまでむき出しにさせるなんて、後輩ちゃんは一体何したんだ……。まぁ、この部屋見ればなんとなくわかるけど」


 俺が急に大声を出したことで、ビクッと震えたグラス。そんなグラスに対して、俺は怒りに任せてまくし立てた。


「なんかあいつのことを考えてたら無性に腹が立ってきた。おいグラス、部屋の掃除は任せたぞ。俺はあいつに文句の一つでも言ってくる」

「えっ、ちょっおま」


 俺はグラスの静止を聞かずに、リリエルを探しに部屋から飛び出した。


「えぇ……」


 取り残されたグラスは、悲惨な散らかり方をした部屋を見て途方に暮れるのだった。


        ***


 ――三日目――


「ふふふ、シノさん、昨日はよく眠れなかったでしょうね」


 私は目覚めてから、部屋の中でほくそ笑んでいた。


 なぜ私が朝っぱらからこんなテンションなのかというと――


 私は部屋のドアを開けると、そのすぐ隣の壁際で座り込んでいた人物に声をかけた。


「おはようございます、シノさん。もう部屋に入ってもいいですよ」

「もともと俺の部屋じゃ!」


 シノさんの言う通り、私が悠々と寝ていた部屋は自分の部屋ではなく、シノさんの部屋だったのです。

 そう、私はシノさんの寝床を強奪することにより、夜もろくに休ませないようにしていたのである。ちなみに、自分の部屋にはちゃんと鍵をかけておきました。


「お前、昨日俺が散々怒り散らした後も嫌がらせを続けやがって」

「ふん!私だって、生半可な覚悟でここにいるわけじゃないんですよ……。あと、ああやって女性に癇癪かんしゃくを起してたらモテませんよ?」

「余計なお世話だ!」


 昨日私は、シノさんに精神攻撃を仕掛け続けることで、注意力を削ぐ作戦を決行していたが、その途中でシノさんの堪忍袋の緒が切れたらしく、夕方ごろに私の部屋に怒鳴り込んできたのである。

 まさか逆ギレを受けるとは思っていなかったけれど、私がその程度で怖気をなすわけもなく、むしろ効果が出てきたと判断し、嫌がら……、こほん、精神攻撃を激化したのだ。


 ……決して、怒られたことを根に持ったわけではありませんよ?


「んで、期限はあと一日になったけど、今日もいじめを継続するわけ?」


 シノさんがとても気だるそうに聞いてきた。


 まぁ私としては別に構わないのですが、昨日の行動はあくまでも今日のための布石。だから今日やることは――


「いいえ、今日は疲れ切ったシノさんを殺す気で行きます」


 残り時間が少ない中、あまり悠長なことはしない方がいいでしょう。


 それに、昨日私はシノさんの強みを観察力と洞察力と言ったけど、おそらくそれだけでは説明できない何かが、この人にはあるはず。それを暴くためにも、今日は積極的に攻め込んだ方が賢明です。


「なるほど、昨日は俺のコンディションを悪化さ――」


 シノさんが言いかけている最中、その視線を私から少し逸らしたその瞬間、私は懐に隠し持っていたそれを取り出し、最小のモーションで、シノさんの脇腹目掛けて一撃を繰り出した。


 しかし――


「(悪化さ)せるための下準備で、こんな感じの不意の一撃に反応できなくさせようとしてたわけか」

「――くっ」


 しかし私のその一撃は、シノさんに逆に懐に潜り込まれ、肩を押さえつけられたことにより止められる。


 今の様子だと、やっぱり私が切りかかることを予想していたようですね……


「なんか一昨日より動きが洗練されてる気がするけど、同じ戦術が通用すると……!?」


 そこで、シノさんは気付いたようだった。


 私が懐から取り出したのが、あの木製ナイフではなく、白い菊の花だったことに。


 ではナイフはどこにあるのかというと……


「くそっ、しまった!」


 咄嗟に距離を取ろうとしたシノさんを、今度は逆に私が押さえつけることで、その場に踏みとどませる。


「逃がしませんよ、オートトラッキング!」


 私が魔法を発動させると、シノさんの部屋の中から追尾性能を獲得したナイフが飛来してきた。そしてそれは、無防備なシノさんの背中に向けて真っ直ぐ吸い込まれていき――


「っ、させるか!」


 しかしそのナイフは、シノさんが普段から腰に携えていた短剣の一薙ひとなぎにより、ギリギリのところで叩き落された。


「あっぶねー」

「くー、惜しい……」


 私の動きを囮にした二段構えの攻撃。防がれこそしたが、これまでで一番の手応えがあった。


「朝から血気盛んな奴だな、魔法を惜しみなく使ってくるあたり、殺意がすごいぞ……」


 拘束を解かれたシノさんの口調には、少しだけど焦りの色が見える。


「だから本気で取りに行くって言ったじゃないですか」


 シノさんがヒューマである以上、エルフである私よりも魔法適性が上回ることはありえない。ならば単純な話、魔法をフル活用していけば、シノさんをいずれ追い詰めることができるわけです。


「無事に明日を迎えられるといいですね、シノさん」


 私は屈託のない笑顔をシノさんに向けた。


「やべぇ、殺される……」


 シノさんは悟りを開いたような顔でそう呟いた。

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