第15章 勘弁してくれ……

「さすがに三日は長すぎた」


 よく晴れた昼下がり、ギルドのホールにて、俺は自分の提案内容に後悔していた。まさかあいつが、ここまで容赦のない奴だとは思ってなかったのだ。


 一日目、リリエルは俺にナイフで一撃浴びせるために、主に待ち伏せや俺の作業中の奇襲を仕掛けてきた。しかしそんなものが、師匠にみっちり鍛え上げられた俺に通用するわけもなく、奇襲の度に俺はあいつをねじ伏せた。さすがに、風呂上がりの着替え中を襲撃された時は驚いたが……


 とはいえ、結果として一日目は危なげなく終えることができた。


 ――だが問題は二日目、つまり今日だ。


 何が問題かって?そうだな、じゃあ今日の朝から今に至るまで、俺に起こった出来事を列挙しよう。


 まず今日の朝食、なぜか俺の味噌汁には大量のタバスコがかけられていた。

 それから部屋に戻ると、なぜかドアノブに接着剤が塗りたくられていた。

 それをなんとか拭き取り部屋に入ると、なぜか机に白い菊の花が置かれていた。

 一度花を外まで捨てに行き、そのままギルドに帰ってくると、なぜかギルドの扉が外から開かないように細工されていた。

 なんとか扉を蹴破り、再び自室に戻ると、なぜかドアノブの接着剤と菊の花が再配置されていた。などなど……


 とまぁ、そんな悪質な嫌がらせが延々と続いてきたわけだが、今日はまだあいつから一度も襲撃を受けていない。受けてはいないのだが俺の精神はもう……


 ふと、俺の視界に金髪のエルフの少女が入り込んだ。どうやら買い物に行っていたらしく、両手にエコバッグをかかえている。そしてそのエコバッグからは、大量の菊の花が覗いて……


 それを見た俺は、リリエルの元まで即ダッシュし――


「すいません、もう許してください」


 きれいなスライディング土下座をした。


 それに対しリリエルは、キョトンとした表情をしていた。


「どうしたんですかシノさん?私今日はまだ何もしてませんよ」

「どの口が言うねん!」


 悪びれもしないリリエルに、俺は思わず語気を強める。


「でも昨日、『そんな小手先の奇襲だけじゃ俺は倒せないぞ(キリッ)』って言ったのはシノさんですよ」

「だからって、隠密から陰湿にシフトチェンジするのもどうかと思うぞ」


 それに俺は多彩な攻め方をしろと言いたかったのであって、多彩な責め方をしろとは言ってない。


「というか何が目的なんだ?お前はこんなことして楽しいのか?」

「特別楽しくはないですけど、気は晴れますね」


 なんて奴だ!こいつ絶対、たちの悪いいじめっ子だっただろ。


「もしやめて欲しかったら、大人しくナイフに当たってください。でないと、明日までこれが続きますよ」

「お前やり方が汚いんだよ!」


 まさか年下の少女から脅しを受ける日がくるとは……


 このままでは菊の花がトラウマになってしまいかねないが、かといって、言い出しっぺの俺がここで折れるわけにもいかない。


「でも残念だったな、俺はそんな卑劣な手には屈しないぞ」

「ちっ」

「おい聞こえてるぞ。てかそんなんでナイフを当てても、俺がどうしてビュームに勝てたか分からないだろ」


 そう、このナイフ当てはあくまでも、こいつに俺の近接戦のスタンスを実感してもらうためのもので、ナイフを当てること自体が目的ではないのだ。誘いに乗ったところで、こいつの疑問が解消されないのは目に見えている。


「そのことなら、もうなんとなく見当がついてますよ」

「ほう、一応聞いておこうじゃないか」


 まぁ、戦略を変えてきたぐらいだから、うすうす気づき始めてるとは思っていたが……


「あなたは洞察力と観察力に秀でているんですよね?それで相手の行動を先読みできたりしてたわけです。動きさえ分かってしまえば、どんなに素早い相手でも対応できますからね」


 当たらずしも遠からず。本当はもう一つ先があるのだが、リリエルの言ったそれは、俺が他種族に対抗できている一因であるのは間違いない。昨日散々組み伏せられて、自分の行動が先読みされてると理解したのだろう。


「いくらビュームの膂力りょりょくがあっても、技をかけてしまえば力は関係ないしな」


 実際、俺が後処理したひょっとこ面たちは、ちょこまかと動く俺に痺れを切らして、迂闊に近寄ったところを簡単に組み伏せられていたのだ。

 一昨日の場合は、単純に敵が弱すぎただけな気もするけど……


「それにしても、わかってたんならどうしてこんなこと続けてたんだよ」


 こいつのことだから、昨日のうちには気づいていただろうに、なぜわざわざ俺と関わるようなことを続けていたのだろうか。俺に対する嫌がらせが目的だったのかもしれないが……


 だが俺のその疑問は、リリエルからの返答により一瞬で解消された。


「だって……、どうしてもあなたが、お母さんを殺せたとは思えないんです」


 なるほどな、確かにこいつの母親は超が付くほど優秀で、動きを読めた程度で勝てるような相手じゃない。俺とて普通に戦ってたら、まず間違いなく返り討ちにあっていたはずだ。


「まぁあれだ、策略とか罠とか色々あったんだよ……」


 真相を話すわけにもいかなかったので、俺が適当にはぐらかすと、リリエルはとても不服そうにこちらを見てきた。


「そうですか、教えてくれる気がないのなら、こちらにも考えがあります」


 そう言って、リリエルは俺に白菊を手渡してきた。


「えつ、何?まだこれやんの?」

「白菊の花言葉は知ってますか?『真実』です。シノさんが本当のこと教えてくれるまで、私はずっと嫌がらせを続けますよ?」

「勘弁してくれ」


 天使みたいな顔して、悪魔みたいなことを言ってくるリリエルに、俺は軽い恐怖を感じた。


「いずれにしても、明日までは本気でナイフを当てに行きます。宣戦布告してきたのはシノさんですからね」


 リリエルはそう言い捨てると、花束をかかえて俺の部屋の方に去っていった。


 はぁ、やっぱり三日は長すぎた……


 俺は深いため息をつい――って、待てよ!


「あいつまた俺の部屋に行きやがった!」


 俺は急いで部屋に戻ると、ちょうどセッティングを済ませたらしいリリエルとすれ違った。


 すれ違いざまに、リリエルが一瞬こちらを見てニヤリとしていたが、今度は何を仕組んだんだろうか。


 部屋の前までたどり着いた俺は、何度も接着剤を乾かしたことでカピカピになってしまったドアノブを回す。


 そして――


「ぐわぁぁぁ!!」


 俺がドアを開けると、部屋の中から暴風が吹き荒れた。それに吹き飛ばされた俺は、そのまま反対の壁に激突する。


 おそらく部屋の中に花束を置いた後、トルネードか何かの風魔法を発動させたのだろう。花吹雪が無駄にきれいだった。


 花弁まみれになった俺は、ぐしゃぐしゃに散らかった部屋を見て、とうとう我慢の限界に達した。


「ふざけんじゃんねぇぞあの小娘ーー(怒)!!」


 俺は生まれて初めて、怒りの雄叫びを上げた。

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