第14章 よろしい、ならば戦争です!
「グラスさん、いますか?」
私は早朝から、ギルドの一室をノックしていた。
「ん、後輩ちゃんか、どったの?」
しばらくすると、顔立ちの整ったビュームの青年、グラスさんが部屋から出てきた。
私がなぜ、この人の部屋を訪問しているのかというと――
「あの、お時間よろしければ、シノさんがどんな人なのか教えてもらえませんか?」
「あーそういうことね、なんとなく分かったわ」
そう、私は他のギルドメンバーからシノさんがどんな人物なのか、聞き込み調査をしているのだ。
昨日の銀行強盗事件で、私は犯人グループを撃破することに成功した。しかし同時に、平静を欠いた行動のせいで人質に危険が及ぶ可能性を高めることになってしまった。
そこで私は、冷静さを欠いた原因の一つであるシノさんへの敵対心を少しでも緩和するため、まずはシノさんへの理解を深めることにしたのだ。
「何、昨日のこと?」
グラスさんは私がなぜそれを聞いてきたのか、なんとなく把握しているようだった。
「はい、大体そんな感じです」
「別にそんなに気に病まなくていい気もするけどね、後輩ちゃんが動かなかったら、そのドワーフの女の子も助けられなかったわけだし」
昨日の事件については、ギルド一同集まって報告会をしたので、他のメンバーも状況を事細かに知らされている。
会の最中、私とシノさんが中々に険悪な雰囲気を漂わせていたので、グラスさんはそのことが関係していると思ったんでしょう。実際その通りなんですが……
「でもそれって結果論ですよね、それに私がそうしたのには、個人の感情だって含まれていましたし」
「それでまずはあいつについて知ることで、任務中に変な対抗心を燃やさずに、落ち着いて行動できるようにしたいわけね」
「ま、全くもってその通りです」
心を読まれてるのではないかと錯覚するくらいにこちらの心情を察してくれるグラスさん。話が早くて助かります。
「立ち話もなんだし、適当に腰かけてていいよ」
そう言ってグラスさんは、私を部屋に招いてくれた。
部屋の中は、机と椅子が一脚ずつとベッドが置いてあるだけで、私の部屋と同じぐらいの狭さである。多分だけど、他の部屋もそこまで差異がないのかもしれない。
私がベッド、グラスさんが椅子に腰かけると、早速話を始めてくれた。
「シノねー、なんというか、面白いやつだよ」
「面白い、ですか?」
それはどういう意味での面白いなのでしょうか?
「そうそう。一緒に戦ったらめっちゃカバーしてくれるし、相手が強いほど力を発揮したりとか……。なんというか、ヒューマなのに底が知れないんだよね」
「へぇ、ヒューマ……。えっ!シノさんってヒューマだったんですか!」
私は驚きのあまり大声をあげてしまった。
ヒューマ。身体能力も魔法適性も平均以下のその種族が、なにせ昨日は肉弾戦最強のビュームを倒していたのだ。それも身一つで……
「あれ、知らなかったの?」
「まさかヒューマが、お母さんを殺せるなんて思ってもみませんでしたから」
「まぁ確かに、気持ちは分かる」
お母さんはこの国でも指折りの実力者だったのだ。もちろん魔法だって、エルフの中でもトップクラスの腕前を持っていた。
普通、ヒューマとエルフがタイマン勝負をすれば、ヒューマが勝つなんてことは千に一つくらいしかありえない。そこには一体どんなトリックがあるんでしょうか……
「どうしてシノさんは、あんなに多種族と渡り合えているんでしょうか?」
「うーん、あいつの強さは口では説明しにくいんだよなー。それに折角コンビを組んでるんだから、実際に自分で確かめた方が早いと思うよ」
正直、物凄く気になるけれど、時間はあるのだから焦ることもないでしょう。
「確かに、百聞は一見に如かずとも言いますしね」
「一応俺、後輩ちゃんのことは結構応援してるんだよね、君たちの関係性、見ててすっごい面白いから」
完全に愉快犯を決め込んでいる彼に、私は何か言い返そうと思いもしたけれど、本当に無邪気で楽しそうにしていたので、そんな気もすぐに失せてしまった。
「そ、そうですか、ありがとうございます」
「うん、それじゃ頑張ってね」
私が軽くお辞儀すると、グラスさんは快く送り出してくれた。
今回の聞き込みでは、シノさんについての情報はあまり得られなかったけど、グラスさんがシノさんをどんな風に評価しているのかは知ることができた。
私は情報を整理しながら、次の聞き込みに向かった。
***
「シノさんってどんな人なんですか?」
私はギルド二階の角部屋に住まう、カレンさんに聞き込みをしていた。
「シノのことね、リリエルちゃんもあの子のコンビだと何かと大変でしょ」
「いえいえそんな」
カレンさんは私に優しくそう言って、心配してくれていた。
カレンさんを初めて見た時にも思ったけれど、とても美人で知的な女性である。こうして話してみても、思いやりのある人だということがよくわかる。
私もこんな大人の余裕のある、ナイスバディなお姉さんになれればなぁ……
「そうね、シノはあなたとは色んな面で正反対の人種だと思うわよ」
カレンさんは少し考えた後に、そう答えてくれた。
「正反対、ですか?」
「そうよ、昨日シノと一緒に行動したことで改めて痛感したと思うけど、あなたは彼のことが嫌いでしょ?それはきっと、考え方があなたとは対にあるからだと思うわ」
確かに、昨日私がシノさんの指示に背いたのは単に反抗心からだけではなく、純粋に人を助けたいという思いからでもあった。
カレンさんはそこに、私とシノさんの考え方の違いがあると言いたいのでしょう。
「ふむふむなるほど」
「あとはこれから共に任務をしていく中で、自分でその相違点を見つけていけばいいと思うわよ」
「はい、ご丁寧にありがとうございます。あっ、あと昨日の服も貸してくださりありがとうございました」
深々とお辞儀をした私は、そのまま部屋を後に――
「服のことなら全然いいわよ。あれ私が18の時に任務のために買ったやつなんだけど、胸元がきつきつで着なくなっちゃったやつだから。他にも着ないのいくつかあるけど、もらっていかない?」
「あの……、だ、大丈夫、です……」
しようとしたところで、カレンさんがそんなことを言ってきた。カレンさんは気遣いのつもりでそう言ったのでしょう。けれど私にとっては……
ま、まぁ、私はまだ15歳ですし?あと3年もありますし?
胸元ぶかぶかだった私は内心でそんな言い訳をしつつ、そそくさとその場を去った。
***
「シノさんってどんな人なんですか?」
私はギルド一階の通路奥の部屋に住まう、ヤギリさんに聞き込みをしていた。
ヤギリさんはドワーフの中だとかなりの高身長で、初見の時はエルフと間違えそうになった。しかし、陽気な人柄だということはよく伝わってきたので、今のところこのギルドで一番話しかけやすい人物である。
朝からなんだかお酒臭い気はしますが、今は気にしないでおきましょう。
「シノ君か、そうだねーおじさんが思うに、きっと彼は一躍ビッグになるよ」
ヤギリさんは少し考えた後に、そう答えてくれた。
「ビッグに、ですか?」
「そう、これはリリ嬢にも関係あるんだけど……、ほら、この新聞を見てごらん」
なんだかニヤニヤしながらヤギリさんが見せてくれたのは今日の朝刊だった。そして、その見出しには大きく二つの記事がこう書いてある。
『竜人議会のスズラン議員が遺体で発見!犯人の身元とその目的は――』
『ルセリア中央銀行で強盗事件発生!強盗たちを倒した二人組に迫る』
な、なんですかこれは……
いやまぁ、報道されて当然の事件ではあるんですけど、問題なのはどちらかというと、騎士団が本格的に事件関係者の捜索に乗り出しているということで……
私の微妙な表情に気が付いたヤギリさんは、少し嬉しそうにこう言った。
「君たち、新聞のトップニュースに二つとも関与してるとは、中々にスター性があるじゃないか」
「別に目立ちたくてやったわけじゃありません!」
私は思わずそれに噛みついた。ヤギリさんは冗談めかして言っているけど、当事者である私からすればたまったものじゃありません。もし将来的に――
「将来的に身元が割り出されれば、国中の誰もが知る有名人になれるよ」
「そんな不名誉な形で有名になってたまりますか!というか、もしそうなったらヤギリさんも事件関係者として追われる身になりますよ」
「はっ!そういえば確かに……。ど、どうしようリリ嬢、おじさん刑務所生活だけはごめんだよ」
「私だっていやですよ……」
酔っ払いのテンションに少し疲れてきた私は、慌てふためくヤギリさんを他所に、この場から早々に逃げ出すことにした。
「それじゃあそろそろ行きますね、お時間いただきありがとうございました」
「いやでも待てよ、リリ嬢みたいな美少女と一緒に拘留されるのも、悪くはないのでは……」
私はそれを聞かなかったことにして、そっと扉を閉めた。
***
「シノさんってどんな人なんですか?」
「普通それ本人に聞く?」
私はギルドの台所で食器を洗っていたシノさんに、直接聞き込みをしていた。
「主観的視点も取り入れた方がいいと思いまして」
「つか、流れ的にリーダーに聞けよ」
「リーダーさんは神出鬼没なので、後で聞きます」
シノさんは作業を続けながら、答えるかどうか悩んでいるようだった。
しかし程なくして、どうせ答えないと私に付きまとわれると察したんでしょう。渋々ながらシノさんは口を開いた。
「プロフィールでも言えばいいのか?えーと、そうだな……。シノ、17歳、女性のタイプは包容力のあるのおね――」
「そんなことには微塵も興味ありません」
「んじゃ何話せばいいんだよ……」
話が脱線してきたシノさんに、私はきっぱりと言い切る。
私が聞きたいのは――
「シノさんはヒューマなんですよね?なのに昨日はどうやって、他の犯人メンバーを倒したんですか?」
ヤギリさんが見せてくれた新聞には、犯人グループは十二人のビュームの若者だったと書かれていた。つまり、昨日私が倒したひょっとこ面の他に、あと四人のメンバーが残っていたということになる。
シノさんが最初に倒していたビュームとは違い、私が敵陣に乗り込んだことで騒ぎが大きくなっていたので、おそらく奇襲を仕掛けるのは難しかったはず。ならば尚更、ヒューマがビューム四人を相手に、真っ向からどう戦ったのか……
「それ、グラスが教えてくれなかったのか?」
「実際に見た方が早いと言われました」
「あいつ少しこの状況を楽しんでるだろ……」
ボソッと呟くシノさん。
「見た方が早いと言っても、任務がないことにはどうしようもなくないか……」
シノさんは少し逡巡した後、しゃあないと言って、台所にあった木製ナイフをこちらに渡してきた。
「?なんですかこれ……」
「包丁」
「それは見ればわかります」
まさか食器洗いを手伝えとは言いませんよね……
私が疑念を抱いていると、シノさんからこんなことを言われる。
「試しに今日から三日以内に、そのナイフを俺に当ててみろ。そうすれば、どうして俺がビュームに勝てたかわかると思う」
「なんですかそれ」
また
「死んでも文句言わないでくださいね」
「いいよ、どうせ無理だし」
おっと?これは喧嘩を売られてるんですかね?
「そうだな、もし当てれたらあの日のこと少し教えてやるよ、まぁ無理だろうけど」
よろしい、ならば戦争です!もしかして、私が人に刃を向けられないとでも思っているのでしょうか。舐めてもらっては困ります。
「いいでしょう!そこまで言うなら本気でやらせてもらいます」
私の全力スイッチが起動した。
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