第13章 今の私に足りないもの

 一階の大広間に戻ると、そこにはシノさんの姿があった。どうやら倒れているひょっとこ面たちを、動けないように拘束しているようです。


 私は急いでシノさんのもとに駆け寄ると、単刀直入に切り出した。


「あのっシノさん、人質の避難誘導をお願いしてもいいですか?私は残った――」

「残りの敵なら俺がもう倒してきた。これ以上目立った真似はせず、人質に紛れてさっさと帰るぞ……」


 どうやらシノさんは私が戦っていた間、他のひょっとこ面たちの掃討をしてくれていたようです。


「えっと、じゃあ最後に人質の救助だけ――」

「いいから帰るぞ。二度も言わせるな」


 食い気味に、そして冷たく言い放つシノさん。それに、先ほどから一度もこちらに視線を合わせてくれない。


 私が指示に従わなかったことを怒っているのでしょうか……


 いずれにせよ、犯人グループを捕らえたならば人質を解放するのが最優先でしょう。


 まだ安全が確保できたとは言い切れなかったけど、私は大人しく指示に従い、人質たちを囲っていた水の結界を解いた。


 解放された人々は、一瞬何が起こったのか分かっていない様子で、周囲を見回していた。

 結界内部からは外が見えないようになっていたので、当然といえば当然の反応ではある。


 その様子を受付の陰からうかがっていると、やがて人質たちも、拘束されたひょっとこ面たちを見て状況を把握したのでしょう。あるタイミングを機に、一斉に外に駆け出して行った。


 私たちは入り口にごった返した人の海にこっそりと紛れ込んだ。


 人質たちの騒ぎが大きかったこともあり、人込みに忍び込むこと自体は簡単にできた。が――


「ぐ、ぐるじい……」


 皆、我先にと一つの出口に駆け込んでいたことで、銀行の入り口付近はぎゅうぎゅう詰めになっていた。そこに横から少し強引に割り込んだので、人の圧力に押しつぶされそうになったのである。


 とはいえ、もみくちゃにされながらも人込みの流れに乗り、なんとか外に出ることに成功した。


「あ、圧死するかと思った……」


 正直、犯人グループとの戦闘中よりも死を意識した。それぐらいに人口密度が高かったのだ。


 ふと周りを見渡してみると、程度の差こそあったが銀行から脱出した人たちが歓喜に叫んでいたり、安堵に嗚咽を漏らしていたりした。そしてそこには、先ほど助けたドワーフの親子の姿もあった。


 それを見て、私は安心感と共に、急な脱力感に見舞われた。目的を達成したことで緊張の糸が切れたのだ。


「おい、早く行くぞ」


 そんな私を知ってか知らずか、シノさんは立ち止まることなく、銀行前の混雑から抜けるために速足で歩き出した。


「あ、待ってください!」


 後ろ髪を引かれるような気もするけれど、犯人グループは既に拘束しているので、これ以上死傷者が増えることもないでしょう。それに既に騎士団が人質たちの救助や、現場の調査を開始していたので、後のことは彼らに任せた方がいいのかもしれないですね。


 私はシノさんに置いて行かれないように走り出した。


        ***


 それからギルドに戻るまで、私はシノさんに追従していたが、その間お互いに言葉を交わすことはなかった。とてもじゃないけど、そんな雰囲気ではなかったのだ。


 やはり、さっきのことなんでしょうか……


 少なくとも、今のシノさんの心情が穏やかでないのは間違いないでしょう。


「そろそろいいか……」


 ギルドの前にたどり着いたところで、シノさんから小さな声が聞こえてきた。

 

「リリエル、今から何言われるのか自覚あるよな」

「えっ……」


 シノさんはこちらに振り向くと、私にそう聞いてきた。


「……指示に背いた件、ですか」

「そう、だけど正確にはその後のことだ」


 私がおそるおそる答えると、シノさんはそれを少し否定した。


 その後の事……。確かに危ない橋も渡ってはいたけど、でもそれはそれで、リスクは可能な限り摘み取っていたつもりです。


「別に指示通り動かなかったことは、そこまで気にしてない。俺の判断が必ずしも正しいとは限らないからな……」


 シノさんはあくまでも静かにそう話す。けれど、その語気には確かな――


「でも今回のお前の行動は、いくらなんでもひどすぎる」


 強い怒りが含まれていた。


「もし人質の中に伏兵が潜んでいたら?もし他の場所に隔離されてる人がいたら?もし敵に結界を解除できるほどの手練れがいたら?仮に今言ったことが本当だったなら、あの場で人質は皆殺しにされてたぞ」

「!?そ、それは……」


 言われてはっとする。それは確かに十分にあり得ること、だけどあの時の私には、その考えが欠落していた。


 額に脂汗が滲む。そのもしもが起こった時のことを想像してしまったのだ。


 どうして、どうしてそんな単純なことに考えが至らなかったのだろう……


「それに一階に突入する際、どうして俺に何も言わなかったんだ?手を貸してほしいとか、残りの敵を倒しておいてとか、何かしら連携をとろうとはしなかったのか?まさかとは思うが、俺への敵対心があったからとかいう理由ではないよな」

「そ、そんなこと……」


 そんなことない。


 だけど、私はその言葉が出なかった。否定しきることができなかったのだ。


 なにせ、今日一日シノさんと一緒にいて、気を許したことなど一度もなかったのだから。


「……しばらく頭を冷やせ、リーダーには俺から報告しておく」


 そう言ってシノさんは、ギルドの中に入っていった。


 私は呆然として、しばらくその場に立ち尽くしていた。そして――


「……ぐすっ、ひっく……あれっ、なんで……」


 ひとりでに涙が出てきた。


 どうしてなのかは分からない。頭の中がぐしゃぐしゃで、考えがまとまらない。強いて理由を挙げるのならば、昨日からずっと抑え込んでいた不安や悲しみが、今ので一気に解き放たれたのかもしれない。


 でもそんな中、私の中で一つの感情が確かに膨れ上がっているのを感じた。


 ――悔しい。


 それが何に対してなのかはやはり分からなかったけど、同時に、今のままではいけないとも思った。そう、いつまでも気持ちに決着をつけれていない今のままでは……


 さっきシノさんに言われたように、今日の行動はいくらなんでもひどすぎた。しかもその原因が、私怨しえんを引きずったことによる平常心の乱れであり、そのせいで関係のない人たちを危険にさらしてしまったのだ。


 このままじゃだめだ……、私も少しずつ変わっていかないと……


 私は嗚咽を漏らしながらも、心の中で静かに、それでいて固く決意をした。

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