第12章 大将首との一騎打ち
「たくっ、どいつもこいつも!」
ひょっとこ面のリーダーは、苛立ちを隠すことなく、近くの固定された椅子を思い切り蹴り飛ばした。ビュームの強靭な脚力により、その椅子は二階の天井にまで届き、打ち付けられていた。
「残るはあなただけですね」
なぜだか、いつもより魔法の調子が良かったこともあり、すぐに他のひょっとこ面を倒すことができたけれど、それでもここは、不用意には近づけない。
仮にもこの人は、他のひょっとこ面たちを指揮していた相手なのだ。それにこの人だけ他のメンバーと比べて、明らかに状況に対応するのが早かった。少くとも実力は彼らより上でしょう。
「イキがんなよガキが!俺はそこで寝転んでるクズ達とは違う!」
そんなことは知っています。
「その割には最後まで自分で直接手を下そうとはしてませんでしたよね?もしかして、ガキ相手にビビってるんですか?」
私は敵が平静を失うことを狙って挑発を返す。
「はっ、お前こそすぐに攻め込まないでおいて何言ってやがる、ビビってんのはどっちだ」
あまり期待はしていなかったけど、やはりそんな安い挑発には乗ってくれないか。
「いいだろう、お前はすぐには殺さず、人質たちの前で痛めつけるだけ痛めつけて、その生意気な顔を苦痛で歪ませてやる」
敵リーダーはそう言うと臨戦態勢に入る。四足獣のように上半身を低くし、全身のバネを使ってこちらに飛びかかろうとしている。
――来るっ!
私は相手の突進を警戒して身構える。がしかし、彼の行動は私が予想していた高速移動ではなかった。
彼は姿勢を維持したまま、ノーモーションとも呼べる速さで腰にしまっていた魔法銃を取り出し、不意の早撃ちを仕掛けてきたのだ。
なっ!魔法銃の早撃ち!?
私は本当にかろうじてそれを打ち消す。
けれど、再び前に向き直った時には既に敵リーダーの姿はなくなっていた。魔法銃の光を閃光として利用したのでしょう。
「っ、ヘッドウィンド」
このままでは死角から一撃もらってしまう。そう思った私は、自分を中心とした向かい風を生み出し、敵を押し返そうとした。
しかし――
「がはっ!」
ズギンッと背中に焼けるような激痛が走る。魔法銃の一撃をもろに受けてしまったのだ。
くっ、確かに強い……
アジリティもそうだけど、なによりその的確な判断力が厄介だ。今の射撃だって、全体攻撃に切り替えた私が、まだ自分の存在に気づいていないと理解しての行動でしょう。
ならば――
「アルターエゴ」
その瞬間、唱えた分身魔法によって、三十人の私が出現した。
三十人の私は、お互いに一メートルほどの距離を空けると、だが何をするでもなくその場に屈み込んだ。
銀行内に水魔法のせせらぎだけが響き渡る――しかし、それも束の間、三人の分身に向けて同時に銃弾が放たれた。
よし!かかった!
「ハイクイック」
私はすぐに分身を解除すると、自身に身体強化の魔法をかけ、魔力弾が飛んできた方向に駆け出して行った。
今の分身魔法、敵の位置を探るための手段としてはかなり燃費が悪く、偶然被弾してしまうリスクもあった。けれど私は、おかげでさらに二つの情報を得ることができた。
「ホーミングフレイム!」
通路の奥、柱の裏を高速で移動するビュームの影を捕捉した私は、追尾性重視の火球をそれに向けて放った。
「――ちっ、しつこい」
敵リーダーは、それを回避しながらも魔法銃で着々と撃ち落としていく。しかし、私がどんどん追加で火球を放つことで振り切るには至らない。
私はさらに続けて――
「アイシクルランス!」
今度は直線的ではあるも、速度のある氷槍を追加で放った。もちろん、その間も火球の追撃は緩めない。
「――うがっ、ちくしょうがっ!」
敵リーダーは火球の回避に手一杯だったのか、飛んできた氷槍を避け切ることができず、槍の一本が左肩に突き刺さった。
やっぱり対軍兵器がない!
分身魔法で私が得た二つの情報。
そのうちの一つは、敵に範囲攻撃の術がないこと。あの場面、分身が密集していたにもかかわらず、使用してきたのはこれまでと同じ魔法銃だった。せっかく一網打尽にするチャンスがあったにもかかわらず、そうしてきたということは、そもそも殲滅力の高い武器を持ち合わせていない可能性が高い。
実際、私のこの物量に任せた攻撃に対して、有効な手立てがないようだった。弱い部下を引き連れていたのは、数でそれをカバーするためだったんでしょう。
「ちっ、勝った気でいんじゃねーぞ!」
敵リーダーは、こちらの攻撃を避け切るのが不可能と判断したのか、魔法を受けながらも、こちらに向けて物凄いスピードで突撃してきた。おそらく長期戦ではジリ貧になると思い、短期決戦に持ち込もうとしての行動でしょう。
けれども、彼は一つ大きな見落としをしていた。すなわち、こちらの準備が既に整っているということを――
私と敵リーダーの距離が残り十メートルにまで迫った、その瞬間、一階の天井が崩れ落ちた。
「――ぐっ、なんだ!?」
天井の決壊は敵リーダーのちょうど真上で起こり、崩落箇所からは巨大な水滴が降ってきた。彼はそれを避けることができず、水中に取り込まれて動きを制限されていた。
「これで終わり!スチームエクスプロージョン!」
私は前もって生成しておいたその水滴に、超高温の火炎を放り込む。
そして、一瞬で蒸発した水分は水蒸気爆発を引き起こし――
銀行内を轟音が埋め尽くした。
***
「なんとか、勝てた……」
私は爆発がおさまったのを確認すると、飛来した瓦礫を防ぐための防御結界を解いた。
終わってみればあっという間だったが、初めて経験した本物の真剣勝負は、私にどっと疲労感を与えた。
けれど、敵はまだ残っている。それに人質の救助だってしないと……
私が一度大広間の方に戻ろうとした、その時――
「……お、い……ガキ……」
敵リーダーから声をかけられた。
先ほどの爆発でひょっとこ面が粉砕したため、その素顔、三十歳前後くらいのビュームの顔があらわになっている。
でもその体はボロボロで、ひょっとこ面たちの中でも一番の重傷を負っている。人質に被害が及ばないように威力を落としていたとはいえ、意識を保てているのは奇跡としか言いようがない。
「ど…して……俺の…動きが……読めた……」
さっきの水の拘束魔法のことについてでしょうか……
私がそれに答える義理は、きっとないんでしょう。
けれど――
「あなたの判断は早いし的確です。ですがそれ故に、相手よりも先行しようとする傾向が人一倍強いんです。追い詰められたあなたが、短期決着目的でこちらに突っ込んでくるのは容易に読めました」
そう、これが分身魔法で得た二つ目の情報。私の謎の行動に対し、自身の位置を特定されてまで攻撃を仕掛けてきたのは、先行癖の顕著な表れだったのだ。
「……そ、うか……」
彼はそれを聞いて観念したのか、ゆっくり目を閉じた。
この人は、おそらく根っからの悪人ではないのでしょう。そうでなければ、ここまで潔く負けを受け入れようとはしないはずです。
でもだからといって、この人が犯した過ちは、決して許されるものではない。
私は最後に言葉を投げかけた。
「……あなたのしたことは、たとえどんな事情があっても絶対に許されないことです。一生かけて、その罪を償ってください」
「…………」
敵リーダーは言葉は返さず、そのまま静かに意識を失った。
***
銀行の中から轟音が鳴り響いた。
「あーこれはやられちゃいましたかね、リーダーの彼はなかなか逸材だったんですが……やっぱり、ルージュさんが例外なだけで、余裕のない貧困層を利用するのはあまり良くないのでしょうか」
銀行前の人だかりに紛れていた黒フードはそう呟く。
「ふふ、さすがに優秀なお仲間を揃えているようですね」
中性的な声で、顔を幻影魔法で隠したその黒フードは、今の爆音にざわつく他のギャラリーたちの間を縫って、人だかりから脱した。
そして、路地裏の闇へと溶け込むのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます