第11章 初めての死闘

「私は、あなた達を絶対に許さない!」


 シノさんの腕を振りほどき、二階の吹き抜けから一階に飛び降りた私は、ひょっとこ面たちにそう告げた。


「いってぇなぁ、なんだテメェ」

「ってなんだよ、騎士団かと思えば、年端もいかない女じゃん」

「何が絶対に許さないだよ、テメェみたいなガキがしゃしゃり出たところで、何も出来ないっての」


 ひょっとこ面たちは怒りをあらわにしながら口々にそう言ってくるが、それは無視した。代わりに私は、ドワーフの女の子とその母親のもとに近づいた。


「お母さん、この子を連れて他の皆さんと一緒に固まっててもらえませんか?」


 私は、できる限りの優しい口調でドワーフの母親にそう話しかけた。


「は、はい……」


 母親はやや困惑しながらもそう返事をすると、娘さんを抱きかかえて、他の人質たちのもとに駆けていった。


「はぁ?何勝手に動いてるわけ」


 ひょっとこ面の一人はそれをよしとしなかったのか、キレ気味にそう言うと、他の人質たちと合流したその母親に銃口を向ける。


 そして、今度は途中で中断されることなく銃から圧縮された魔力が射出される。


 けれど――


「アクアプリズン!」


 その銃弾は標的に届く前に、人質たちを囲うようにして現れた水柱によって、かき消されることとなる。


 私は人質たちに危害が及ばないように、四か所に分断された人々の周りにそれぞれ水柱を生み出し、水の防護壁を作り上げた。これなら万が一にも、人質に流れ弾が飛ぶようなことはないでしょう。


 ひょっとこ面はその後も懲りずに銃弾を撃ち込んだが、どれも結果は同じだった。


 やがて無駄だと悟ったのか、ひょっとこ面は今度は私に注意を向けてきた。


 私も彼らに向けて、鋭い視線を送り返す。


「くそが!つくづくムカつくガキだぜ」

「なぁ、こいつ殺ってもいいよな?」


 ひょっとこ面たちは不意に攻撃を受けたこと、人質に思い通りに危害を加えられなかったこと、そして、私の態度に対して苛立ちを感じているようだった。


「おい、そこのガキ、ここまで舐めた真似しといて無事で帰れると思うなよ……」


 リーダーらしきひょっとこ面が、私にそう告げてくる。


 それに対して私も言葉を返した。胸中を埋め尽くすほどの静かな怒りを込めて……


「あなた達こそ、こんな非人道的な行いをしておいて、無事で済むと思わないでくださいね」


 ひょっとこ面たちの憎悪が膨れ上がった。


 そして――


「テメェら、この生意気なガキをぶち殺してやれ!」


 そのセリフを機に、ひょっとこ面たちは私に向けて一斉射撃を仕掛けてきた。


 赤、青、黄、色とりどりの魔力弾が閃光となって銀行内を照らす。それはまるで、花火の一斉打ち上げのような激しい弾幕であった。


 けれど、その弾幕は一つとして私には届かなかった。


 私が、火なら水、雷なら土といったような、それぞれの属性と相反する属性の魔法障壁を作り出し、魔力弾の威力を相殺したためである。


「くそっ、くそっ、当たんねー!」

「結界を四つも張っといて、なんでこの速さの魔力弾を防げてんだよ、くそが!」


 もちろん、見てから障壁なんて作ってたら間に合わない。なので私は、銃身に込められた魔力の属性を前もって察知しておき、弾の軌道は別の補助魔法で視認化できるようにしているのである。こうすれば後は、弾道上に該当する属性の魔法障壁を作っておくだけで済む。


 とはいえ、結界を張りつつ、七人の相手をし続けるのはさすがに骨が折れる。


 なので私は、雷属性の魔力を用いる敵が二人一緒に固まっているところに向けて、土属性の魔法で反撃をした。


「クラッシング・ガン!」


 空中に顕現した無数の石片が、標的の二人を目掛けて弾丸のような猛スピードで飛来する。


「ぐふっ」

「がっ」


 相手は身体能力の高いビュームだったが、この眩い戦場の中、苛立ちに任せて銃を撃つことに熱中していたせいか、二人とも咄嗟に石片をよけることが出来ず、私の魔法がクリーンヒットしていた。


 攻撃を受け、後ろに吹き飛ばされた二人のひょっとこ面は、吹き飛ばされた体勢のまま、その後立ち上がることは無かった。

 石片が一発当たった後も、追加で何発か魔法を撃ち込んだことにより、一人は意識を失い、もう一人は右腕と肋の骨が折れて戦闘不能になっていた。


「――ちっ、お前ら!接近戦に持ち込むぞ!」


 ひょっとこ面のリーダーは、このままでは不利と悟ったのか、魔道具に頼りきりの戦法から、ビュームの特性を生かした戦法に切り替えるように、他のひょっとこ面たたに指示を出す。


 残り五人になったひょっとこ面たちは、一度銃撃を中断すると、高速で陣形を展開し、私を取り囲むように広がる。それは、獣の群れが獲物を狩る時の様子に酷似していた。


 ひょっとこ面たちは、私をかく乱させるために高速移動をしながら、魔法銃で攻撃してくる。


「――くっ」


 私はかろうじて魔法障壁でそれを打ち消す。


 しかし、弾道を目測で確認している以上、先ほどと比べて余裕がない。このままでは被弾してしまうのも時間の問題だ。


 早いところ次の手を決行しないと……


「調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキがー!」


 私が敵の弾丸にばかり気を取られている隙に、ひょっとこ面の一人が、私の懐に潜り込んでいた。


 死角から、高速の蹴りが飛んでくる。


 ビュームの全力の攻撃を一撃でも食らってしまえば、間違いなく再起不能にされてしまうでしょう。ビュームとは、素の身体能力だけでそれほどの破壊力を生み出すことが出来る種族なのだ。


 しかし私は、この時を待ちわびていた――


「クイック!」


 私は初歩的な身体強化魔法を唱え、背後を取っていたひょっとこ面の後ろに高速で回り込む。


 ひょっとこ面は、私が体勢を崩していたことや、それまでその場から動かなかったことから、こんな風に高速で動いてくるとは予想もしていなかったのでしょう。私のことを完全に見失っている様子だった。


「――何っ!?どこ行きやがった」


 魔法において、火力や連射性、コスパといった基本スペックはもちろん重要である。でも、たとえ今回のような初級の魔法でも、使いどころによっては上級魔法以上の真価を発揮することができる。


「フレアストライク!」


 私はそのひょっとこ面の背中に、ゼロ距離で火球をぶち込んだ。


 高速で動く敵に対して、遠距離攻撃の魔法を当てるのは難しい。だが、さっき敵のリーダーは接近戦に持ち込むと言っていたのだ。ならば私は、わざわざ自分から動かずに、敵が私の見せた隙に飛び込んでくるのを虎視眈々と待ち構えればいい。


 三人目を戦闘不能にした私は、クイックを保ったまま、もっとも近くにいたひょっとこ面に急接近した。


 直前に倒したひょっとこ面が私に接近した際、他のひょっとこ面たちは、味方に弾が当たらないように、一瞬攻撃の手を緩めていた。これ程こちらから攻めやすい状況もありません。


「――なっ、なんだ!」


 このひょっとこ面も、私が急に受けから攻めに転じたことに対して、まだ対応が追い付いていなかったのか、私が懐に入っても体を緊張させるだけで、咄嗟に動けないでいた。


「はぁっ!」


 私は先ほどと同じ魔法で、四人目のひょっとこ面も沈める。


「けっ、使えない奴らが……。ジェイ、ヤン、同時に攻め込め!」


 敵のリーダーは、やられた仲間に対して心配ではなく悪態を投げかける。相当頭に血が上っているようだ。その証拠に、今度はなりふり構わずに残りの二人を同時に攻め込ませるという、安直な攻め方に転じている。


 だったら話は早い――


「ストロングトルネード!」

「ぐわっ、なんだ」

「くそっ、体が」


 私は真っ直ぐこちらに向かってきていた二人のひょっとこ面を、竜巻によって空中に放り出した。そして続けて、空中で身動きが取れないでいる二人に――


「ライトニングサンダー!」


 私は上向きの雷を放った。


 昇雷しょうらいの直撃を受けたひょっとこ面は気絶したのか、黒い煙を出しながらそのまま地面に落下、激突した。


 これで、あと一人……


 私は苛立ちを見せているひょっとこ面のリーダーに、静かに向き直った。

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