第10章 絶対に許さない!

 窓口に身を隠した後、私は警備員さんの傷を回復魔法で癒していた。幸いにも大した怪我ではなかったようで、しばらく安静にしていればいつも通りに動けるようになるでしょう。


「あ、ありがとうございます……。あの、あなた達は?」


 警備員さんはしばらく混乱しているようでしたが、やがて落ち着きを取り戻してきたのか、そう口にした。


「礼はいらない。感謝の意があるのなら俺らのことを他言しないでくれ、騎士団の厄介になるのはごめんだからな」

「わ、わかりました……」


 隣で周囲の様子をうかがっていたシノさんは、そう言って私たちの説明は省略した。


 まぁ確かに、しばらく助けずに放置していたのだから、感謝されるのはお門違いな気もします。


「あと、あなたに聞きたいことがある。この銀行内で何が起きているのか話してもらいたい」


 流れるように話題を変えたシノさん。


 シノさん的には彼を助けることよりも、こうやって情報を聞き出すことが優先だったのかもしれません。


「は、はい。えっと、私も全然状況を飲み込めてないんですけど、この銀行内は今、武装した強盗たちに占領されています。おそらく単純に金目当てだとはおもうのですが……。すいません、本当は私が犯人たちに立ち向かわなくちゃいけないのに、私、怖くて何もできずに……」


 警備員さんは、自分だけ隠れていたことに申し訳なさを感じているようだった。


「そんなことないですよ。自分の身を大事にすることだって、十分に立派なことですから」

「……ありがとう」


 私がそう言うと、警備員さんは少し気が晴れたようだった。


「他の人たちは?」


 シノさんは続けて問いかける。


「多分、一階の広間に集められてると思います。私が隠れている間、三階のオフィスにいた人たちは、皆そこに連れて行かれてました」

「そうか、ありがとう。俺らはこれからそっちの方に向かうけど、あなたにはここで、こいつを見張っていてもらいたい」


 シノさんが目を向けた先には、さっきのひょっとこ面が意識を失ったまま寝転がっていた。体は縛り付けられ、武装も解かれており、シノさんはそのうちのいくつかを拝借していた。


「は、はい。わかりました」

「リリエル、この人に隠蔽魔法をかけれるか?」

「任してください」


 私は魔法で警備員さんの気配を完全に消した。これでしばらくの間は、そう簡単に敵に見つからないはずです。


「よし、じゃあそろそろ行くぞ」


 シノさんはスッと立ち上がった。私も警備員さんへの回復魔法が十分だと判断して、シノさんのもとに寄る。


「あっ、あの……、気を付けてくださいね」


 警備員さんは最後に、出発しようとした私たちにそう声をかけてくれた。


 私とシノさんは同時に振り向くと、彼に向けて親指を立てた。


        ***


 それから私たちは身を隠しながらも、なんとか通路奥の吹き抜けになっている場所に到着した。


 先ほどのひょっとこ面は、通信機などは持ち合わせていなかったけれど、犯人たちが欠員が出たことにいつ気付いてもおかしくはない。多少の焦りは持った方がいいでしょう。


 私は隠蔽魔法を自分たちにかけると、二階の柱の陰から一階を見渡した。


 一階は多くの人が訪れることを見越してか、メインホールや通路が遥かに大きく造られていて、まさにお城の大広間のような様相だった。


 ――そしてそこには、銀行に来ていたお客さんや職員さんなど多くの人が四か所に分けられ、それぞれ団子状態になっていた。


 人々は一様に押し黙っており、何かにひどく怯えているようだった。


 その何かというのは、一目瞭然でしょう――


 人々が密集している場所から少し離れた場所。辺りには赤い液体が見るも無残に巻き散っており、その中心には老若男女、様々な種族の死体が積み重なっていた。


 む、惨い……


 今回で見るのが二度目となるそれは、本当にこと切れた人形のようだった。中には体中に風穴が空いているものもあり、その気味の悪さは何度見ても慣れるものではない。


 私はこの惨状を生み出したであろう彼らに、強い怒りを覚える。


「いやっほーい、まるで宝物庫みだいだー!」

「金庫だから財宝は入ってないけどな」

「お前ら、しゃべってないで手を動かせー!」


 金庫を漁っている彼らは、デザインこそ違えど、全員ひょっとこ面をつけており、服装も黒一色である。まず間違いなく、彼らが今回の事件の犯人なのでしょう。ここから見る限りではこの場には七人いるようです。

 最初に捕縛したひょっとこ含め、八人ともビュームであることから、もしかしたら犯人グループはビュームだけで構成されているのかもしれません。


 私はシノさんにアイコンタクトを送った。


 犯人と人質との距離が近い以上、今すぐ助けに入れば、人質に危害が及ぶ可能性が極めて高い。これからどうするにせよ、シノさんから指示を仰ぐ必要がある。


 私の視線に気付いたシノさんは、小声で指示を出してきた。


「しばらく待機。もし本当に敵が金目当てなら、二階の金庫にも金を取りに来るだろうからそれまで突入しない。最低でも、人質の近くにいる敵が二人以下になるまでは絶対に動くな」


 私は黙って頷いた――


 しばらくの間、ひょっとこ面たちは金庫漁りに没頭していたようでしたが、一段落ついたのか、七人がフロアの真ん中に集合した。


「ねぇ、次はどうすんの?」

「ケリー達を待つ、公開処刑の方が先だからな。それまでは休憩しておけ」

「あー、隠れてた奴がいたら、そいつと他のもう一人を見せしめとして、ここで公開処刑するってやつ?」


 そんなことをしようとしていたなんて……、あの警備員さんが見つかることはないと思うけど、このままでは人質全員の安全は保証できない。


 私が不安に感じていると、軽薄そうなひょっとこ面の男が、ふと何でもないことのように、だがあまりにも残酷な提案をする。


「そういえば、さっきの処刑ではもう一人の処刑してなかっただろ?待ってる間さ、先にそっちを済ましてしておこうぜ」


 ――なっ!?


「おいおい、まだ五人とも帰ってきてないのにやったら、後で文句言われるぞ」

「えーいいじゃん、ただ待ってるのもつまんないしね」

「俺もさんせー、俺らはちゃんと仕事したんだし、いつまでも帰ってこない奴らの方が悪いじゃん」


 他のひょっとこ面たちも、それが当たり前のことのようにそう返す。


 人を殺すかどうかを、あんな遊びの約束をするような気軽さで決めれるの?


 あの人たちに、人としての感情は存在しているの?


 私の頭は彼らの言うことを理解できないでいた。いや正確には、理解するのを拒んでいたのだ。


「別に構わない。ただし大事な人質だ、どうせやるなら、いざって時に足手まといになるガキか老人にしとけ」


 リーダーらしきひょっとこ面は、しかし、その残酷な提案をあっさりと容認する。


 それを聞いた人質たちの中からは、どよめきや小さい悲鳴が聞こえてくる。


「やりぃ!じゃあ俺このガキがいい、さっきまでずっとピーピー泣いててうざかったんだよね」


 提案をしていたひょっとこ面はそう言って、人質の中から、まだ4、5歳くらいのドワーフの女の子を強引に引っ張り出した。


「いやっ、い、痛いよ、ぎゃっ」


 女の子は、強引に引っ張られたことで床に叩きつけられ、苦痛に声を歪める。


 私は我慢の限界だった。


 私が一階に乗り込むために立ち上がろうとしたその時、私はシノさんに、左腕を強い力で掴まれた。


 シノさんは何も言わずに、その眼差しと腕を掴む力だけで私に語りかけてくる。


 まだ動くな、と。


 だけど、今回はさっきとは訳が違う。今この場で女の子を助けないと、本当に女の子が殺されてしまう。


「お、お願いです、娘を許してあげてください。殺すのなら、代わりに私を殺してください」


 私が逡巡しゅんじゅんしていると、銀行内にまだ若い女性の声が響き渡った。


 あの女の子の母親であろうドワーフの女性が、ひょっとこ面たちに頭を下げて懇願していたのである。


「あらあら、お母さま?駄目ですよーちゃんと子供のしつけをしておかないと、今回みたいに、俺らみたいな悪い人に殺されることになっちゃうからね」

「どうか許してあげてください。お願いします……」

「んー残念だけど、これは決定事項だから」


 確かに、今ここで女の子を助けに入れば、他の人たちにもリスクが及ぶかもしれない……


「お母さん……、私、死にたくないよぅ……」

「大丈夫だよー、俺らが君の代わりに、二人目を作ってあげるから」

「ギャハハハ」


 確かに、ここで大人しく様子を見ておけば、もっと突入するのに適したタイミングが巡ってくるかもしれない……


「それじゃ、そろそろ死のっか!」


 ひょっとこ面は、女の子の小さな頭に銃口を突きつけた。


 そして、その引き金に指をかけ――


「――アイシクルランス!」

「ぐわっ、いってぇ」


 引き金を引こうとしたところで、けどそれは、飛来した氷槍が腕を貫通したことで中断された。


 ここで感情に身を任せて飛び込むことがどれほど愚直なことなのか、自覚はしているつもりです。


 けれど、目の前で大切な人を失うことの悲しみは、きっとなによりも重いから……


 一階に降り立った私は、ひょっとこ面たちにこう告げた――


「私は、あなた達を絶対に許さない!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る